あなたに呪いを差し上げましょう
「瞳の色だからですか?」

「それもありますが、おまえの声は青色をしていると兄に褒められたことがあって。よく通る、聞きやすくて耳なじみのよい声だと」

「すてきなお兄さまですね」

「ええ、私もそう思います。私などには過分なほどよい兄です」


家族関係のよさをうかがわせる、穏やかな表情だった。

やさしい思い出を振り返ったのか、伏せた目が夢見るように瞬いた。


「アンジーは、お好きな色はありますか?」

「わたくしは……」


——わたくし、赤い目でなければよかったわ。


よく熟れた果実のような、宝石のような大きな瞳を潤ませながら、かつて母が呟いた。

それを閉まりかけた扉ごしに娘が聞いているだなんて思いもしない、本心がにじむ口調だった。


どうしてだい、と尋ねた父に、あの子も赤い目なのよ、と母は言った。


日に日にしおれていくなかでも、いやな理由なんて決まっているじゃない、とか、わかるでしょう、とか言わない理性が、まだ母にあったことは幸運だった。

大人としての節度をもって、子どもの前では言わないようにしてくれていたのは、生来の上品さのあらわれかもしれなかった。


『気にすることなんてないとも。あなたの瞳は宝石のようにうつくしいよ』


幼いころ何度も聞いた物陰で母を慰める父の声が、いまも耳に染みついている。


あなたの瞳は宝石のようにうつくしいよ。それが父の慰めの常套句で、わたくしがひとり自分を慰めるときの常套句だった。


王族に見初められるほど美姫と名高い母を、父は身分ではなくて言葉で口説き落としたらしい。


上手な助詞の使い方だった。父が母を慰めるたび、自分が褒められていると思い込みたくなるほど。


「そう、ですね。赤が、好きです」
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