あなたに呪いを差し上げましょう
「赤ですか」

「ええ。わたくしは、どなたかからお褒めにあずかったことはないのですけれど……でも、自分では、一番似合うのではないかしらと思っています」


一番、似合うのではないかしら。母と同じ色が、せめて、一番似合うといいのに。


「……ヴェールの下は見せてはくださらないのですよね?」

「ええ」


そうですよね、と短く頷いたルークさまが、「でも、私もあなたには赤が似合うと思います」と少し笑った。


そのなにも変哲のない言葉を聞いて、なにか、特別に眩しくて、特別にあたたかい言葉を聞いた、と思った。


赤が似合うと思います。


たった一言が、心の一番深いところにある弦をかすめていった。もし狙ったのだとしたら、おそろしい精度だった。


物心ついたころ、自分が呪われ令嬢と呼ばれているのを知って、呪いとはなにか考えたことがある。


物理的に死に至らしめるとか、けがを負わせるとか、だれかにかけられると簡単には解けないとか、そういうものだと思った。

だから、自分にそんな力はないと。


でも、この身が呪われているというのなら、わたくし自身は、そうわたくしを見るひとたちに、呪われていると言ってもいいような状態にある。

自分にかけられた呪いはきっと一生解けない、解けなくても立ち上がれるだけの強さを持つしかないと思っていた。


物語のなかでは、わるい魔女の呪いはいとも簡単に、うつくしい王子さまの口づけで解ける。そうして、めでたしめでたし、ときれいな大団円で終わる。


でもわたくしは善い魔女でもわるい魔女でもなく、特別なちからを持たず、恋におちた王子さまはあらわれない。めでたしめでたしと幕を下ろしてくれるひともいない。


口づけがなくても。強い言葉でなくても、だれかが一緒に背負ってくれなくても。

行きずりのひとでも、なにげなくても。


ただ、やさしい言葉がそっと、心の一番奥底を強く鳴らしたなら、すくわれたような気がして、泣きたくなることがあるのね。
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