あなたに呪いを差し上げましょう
紅茶を傾けたルークさまは、なにか思いついたらしい。


失礼、と短く言って、手慣れた所作で腰の剣を鞘からすらりと抜いた。よく磨かれた鈍色が、月明かりにぬらりと反射する。


切りかかられるとは思わなかった。そういう方ではないし、わたくしを儚くしたところで利益などないし、なにより、死は怖くない。


「梯子はかけられませんが」と差し出されたそこに、少し輪郭のぼやけた月が映っていた。


「まあ。ありがとう存じます。月見酒のようですわ。よいお茶をいただけます」


それだけ答えてにこにこ見つめていたら、低く唸るような囁きを落とされた。


「あなたは、触らせてほしいとは、おっしゃらないのですね」

「触らせてほしい、ですか?」

「ええ。大抵のご婦人には、剣に触れてもよいかとか、剣舞を見せてほしいとか願われるものですから」

「まあ」


驚きすぎて変な顔をしてしまった。


マナーの講義の際に、お相手から言われない限り、ひとのものに触れてはいけないと習ったわ。

褒めるのはよいけれど、自分のことを優先するような褒め方はよくないものだと。


明らかに大事なものとわかる剣に触らせてほしいと言うなんて、思いつきもしなかった。


「あなたさまの剣は、飾りではないのでしょう?」


ルークさまは取り出した剣をそっとテーブルに置いたのに、低く鈍い重そうな音を立てていた。


装飾の少ない剣は、目利きのできないわたくしにも、きちんとした素材の、きちんとした手入れをされている大事なものに見える。


そうでなければ、こんなところまで持ってこないでしょうし、毎日身につけないないでしょうし、こんなに磨かれていないはず。


公爵家にもかつて、多少は腕の立つ祖先がいたという。


でも、その遺品はいまとなっては使うものがおらず、本邸に飾られて、鈍くなって久しい。


お答えにならなくても構いませんけれど、と前置いて。


「あなたさまは、剣舞の踊り手でいらっしゃるのですか」


おそるおそるうかがうと、いいえ、と即答された。剣を扱う矜持がにじんだ、当然のように迷いのない速さだった。
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