あなたに呪いを差し上げましょう
「では、なおさらお願いできませんわ。誇りと経験と技術は、命の次に、簡単に手渡してはいけないものですもの」


それ以上は聞かなかった。


話し相手の仕事など知らなくていい。身分も聞かないほうが話しやすい。礼儀として聞き返されても、わたくしも答えようがない。


「あなたも、簡単に手渡してはいけないものをお持ちですか」

「ええ」


忌子と言われても、誇りだけは捨てたくない。


刺繍と写本は生きるために必死に身につけた。


匿名だからか数は少ないけれど、ときおり招聘(しょうへい)のお話をいただく。相手が貴族令嬢、ましてやあの呪われ令嬢だなんて思ってもみないのでしょうね。


でも、そのたびにお断りしている。


刺繍と写本は、わたくしの誇りで経験で、技術だもの。どんなに請われても、簡単に手のうちを明かせない。


探るような瞬きに、ご心配なく、と微笑んだ。


「わたくしは話し相手がほしいのだと、申し上げましたでしょう」


ええ、と曖昧に頷いたルークさまが、きれいな仕草で座り直して、そっと目を伏せる。


「あなたは得がたい話し相手です、アンジー」

「それは光栄ですわ」


その日、お互いによい夜を祈るまで、よく手入れされた剣は、月を映し続けていた。
< 35 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop