あなたに呪いを差し上げましょう
「は、はい」

「ありがとう。お金はこれで足りそうかしら」

「充分です。おつりが、出ると思います」

「では、手数をかけるのだもの、その残りは好きに使ってもらって構わないわ」


ありがとうございます、とかすれた声が答えた。


すぐに買いに行ってくれたらしく、様子を見に来る日ではないのに、翌日、流行りの髪の結い方をまとめた本を持ってきてくれた。

店の売り子に確認しながら買ってきてくれたらしい。


お代を確認すると、渡した金額をほぼこちらの頼みごとに使い切っていて、おつりはほとんどなかったのではないかしら。

なにかを買ったとしても、お花を一輪とか、お菓子をひとつとかだと思うわ。律儀ねえ。


「丁寧な対応をありがとう。でも、おやすみの日はやすみをとらなくてはだめよ」


短く「はい、い、いいえ」と首を振られた。混乱しているのがまるわかりの返事だった。


よくよくお礼を言い、娘が帰ってから、一番はじめの簡単なものを練習する。


世話係の娘の名前は聞いていない。普段はできるだけ話もしない。わたくしが狙われたときに、あの子のことは、なにもわからないほうがいいもの。


そんなにおそろしいことを言ったつもりはなかったのだけれど、翌日に慌てて持って来させてしまうなんて、悪いことをしたわ。


代わりのやすみはとれたかしら、と思ったけれど、次に様子を見に来たのはいつもどおりの日だった。


「あなた、やすみはとっていないの」


思わず声をかけると、またもやひどく怯えられた。


なぜ話しかけられるのかわからない、というような顔をしている。先日は無理を言ってしまってごめんなさいね、とつけ足すと、ようやく得心したらしい。


「いえ、おやすみは充分いただいておりますので……」


頑なな声に、そうなの、と言うしかなかった。


こちらが無理にやすませるのでは本末転倒だし、この娘にはこの娘なりの処世術があって、上の者に言い出しにくいこともあるのかもしれない。


それ以上、お互いに話そうとはしなかった。ただ、ヴェールの下の髪のまとめ方が、少しだけ変わったのに気がついたらしい。


お似合いです、というように微笑まれた。


恐怖心のうかがえるいびつな微笑みだったけれど、それでも嬉しかった。
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