あなたに呪いを差し上げましょう
「私はときどき、そのヴェールがほんとうは透明なのではないか、と思うことがあります。私が至らないために、あなたをきちんと見ることができないのではないかと」

「まあ、いやですわ。あなたさまは、なにも纏わずに王都を練り歩くようなことはなさらないでしょう。触ってご確認なさいますか」

「やめておきます。そうしてほんとうに触れなかったら眠れません」


そのときは星の名をなぞってはいかがですか、とはさすがに言えなかった。そこまで厚顔にはなれない。


「あなたは私に、話し相手以外、なにも望んでくださらない。本棚に本は置いてくださいますが、高価な贈りものはいらないとおっしゃる。好みも教えてくださらない」


好みを教えてくださらないのはあなたさまもでしょう、と言いたくなるのをこらえる。


わたくしが知っているルークさまのお好きなものときたら、青色、読書、貴族名鑑、いちごバター、夜空、贈った本を読んでいるところを眺めること。

はぐらかされているのはこちらのほうだわ。


それではいけませんか、と答えた声は平坦になった。


「いいえ。ですが、少し……寂しいと、思うことはあります」


「それは。わたくしには、どうにもしようがございませんわ」


そうですね、とルークさまは穏やかに頷いた。


そこでそうですねと頷くお方だから話し相手をお願いしたいのだと、おそらくあなたさまは、わかっていらっしゃらないのでしょう。


最近読んだ本のこと。何度も踏んでいるからか、門扉からこちらまで来る小道が歩きやすくなってきたこと。おすすめの果物の甘煮のこと。都を賑わせている、人気の劇のこと。


「どうぞお気をつけてお帰りくださいね。よい夜を」

「ええ。あなたにも、よい夜とやさしい夢を」


合間にアンジーと呼ばれた。


やさしい声色でアンジーと呼ばれると、自分の名前がなんだか、とても上等なものになったような気がした。


ルークさまと呼ぶと、アンジーと返してくれる。だから名前を呼びたくなる。


あの方とか、例の、とか、こわごわといやそうに呼ばれるのが常だったのに、このひとは名前で呼んでくれる。


それが、それだけで、どんなに嬉しいか、あなたさまはご存じないのでしょう。


でも生憎、わたくしがあなたさまに返せるものは、呪いと執着しかないのです。


だから。いろいろに、気づかないふりをしなくては。
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