あなたに呪いを差し上げましょう
4
「おや、はじめて見かける装丁ですね」
夜、扉を開けたルークさまが部屋の隅に目を遣って、珍しげに瞬きをした。
自分が贈った本とそうでない本、以前からここにあった本の区別はきちんとつくあたり、手慣れているのよね。何度目かわからない感想だけれど。
「ええ。先日、新しい本を持ってきてもらったのです」
「お父上からですか?」
なにげない質問にどう答えるか迷って、答えを絞り出す。こういうことは笑って明るく言うほうがいい。
「ルークさま。わたくし、家族はおりませんの」
「なにを……」
「家族は、おりませんの。いないものと、お思いください」
生きている人間は大抵、だれしも自分と同じ重さの金塊より価値がない。わたくしはなおさら。迷惑をかけ続けた父に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
「写本と刺繍の売り上げで、買ってきてもらったのです」
持ってきてもらった、を買ってきてもらった、に言い直したことに、気づかれないといいと思った。
黙って本の表紙をなぞる。静かに本をかき抱くと、ルークさまがひとりごちた。
「……あなたの手は、罪を数える手ではないのですね」
家事をするささくれた手は、他の貴族令嬢と比べると、驚くほど違う。
わたくしの手は、白くて細くてやわらかい、しなやかな手をしていない。きれいなばかりではない指なのに、まるでうつくしい手だと言われているような気がした。
たしかに羨望がのぞいていた。自分の手は、罪を数える手だと言うように。
返事をするか迷って、こちらもひとりごとをこぼす。
「……ありがとう存じます。わたくしも、そうありたいと思います」
この手がほんとうに呪われているかは、だれにもわからない。
あの家のご子息方は、あの令嬢に殺された。あの方の奥さまは、あの令嬢のせいで気を病んだ。
そう、言っているひとが大勢いるということしか。
わたくしは、呪えはしない。——ほんとうに?
かなうなら、ほんとうに、この手が罪にまみれていなければいいのに。
夜、扉を開けたルークさまが部屋の隅に目を遣って、珍しげに瞬きをした。
自分が贈った本とそうでない本、以前からここにあった本の区別はきちんとつくあたり、手慣れているのよね。何度目かわからない感想だけれど。
「ええ。先日、新しい本を持ってきてもらったのです」
「お父上からですか?」
なにげない質問にどう答えるか迷って、答えを絞り出す。こういうことは笑って明るく言うほうがいい。
「ルークさま。わたくし、家族はおりませんの」
「なにを……」
「家族は、おりませんの。いないものと、お思いください」
生きている人間は大抵、だれしも自分と同じ重さの金塊より価値がない。わたくしはなおさら。迷惑をかけ続けた父に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
「写本と刺繍の売り上げで、買ってきてもらったのです」
持ってきてもらった、を買ってきてもらった、に言い直したことに、気づかれないといいと思った。
黙って本の表紙をなぞる。静かに本をかき抱くと、ルークさまがひとりごちた。
「……あなたの手は、罪を数える手ではないのですね」
家事をするささくれた手は、他の貴族令嬢と比べると、驚くほど違う。
わたくしの手は、白くて細くてやわらかい、しなやかな手をしていない。きれいなばかりではない指なのに、まるでうつくしい手だと言われているような気がした。
たしかに羨望がのぞいていた。自分の手は、罪を数える手だと言うように。
返事をするか迷って、こちらもひとりごとをこぼす。
「……ありがとう存じます。わたくしも、そうありたいと思います」
この手がほんとうに呪われているかは、だれにもわからない。
あの家のご子息方は、あの令嬢に殺された。あの方の奥さまは、あの令嬢のせいで気を病んだ。
そう、言っているひとが大勢いるということしか。
わたくしは、呪えはしない。——ほんとうに?
かなうなら、ほんとうに、この手が罪にまみれていなければいいのに。