あなたに呪いを差し上げましょう
ふたりで過ごすうちに、自然と流れができた。


ふたりだけの約束ごとが増え、挨拶が馴染んで手慣れたものになった。

お互い頑なに敬語だけは崩さないでいるけれど、砕けた口調にしたくなるのは時間の問題でしょう。


毎日楽しくて楽しくて、夢みたいで。夢をかたどることの、えもいわれぬ幸福感を、なんと言えばいいのでしょうね。


アンジー。アンジェリカ。


天使だなんて名前がきらいだった。好きになれなかった。


それでも、ルークさまに呼ばれると、なんだか好きになれそうな気がしてくる。


「……ンジー。アンジー?」


突然節の高い指がヴェールごしに頬を撫でて、思わず肩が跳ねる。


こういうことはたびたびあった。その動きが急だったわけでも、視界に入らなかったわけでもないのに、このひとの身のこなしは独特で、ときに動作を動作として認識できない場合がある。


「もう、声くらいかけてくださればいいのに」

「かけましたとも。……どうなさったのですか。目にガラスのかけらでも入りましたか」

「いいえ、ご心配なく。この部屋に割れた鏡はありませんもの」


おどけてくれたのはわかった。でも、こちらもおどけて返す余裕がなかったものだから、答えた声音はあまり明るくならなかった。


それはよかった、と穏やかな相槌。


「では、なにか、怖い夢でも?」

「いいえ」


——怖いくらい、しあわせな夢を見るのです。


星を一緒に見上げましょうか、と困ったように笑ったうつくしいひとは、頬を撫でた指が乾いているのにむしろ驚いた口調で呟いた。


「泣いていらっしゃるのかと思ったのですが……」

「まあ、いやですわ」


くすりと笑いがもれる。笑えたはずだった。


「しあわせな夢を見るのだと、申し上げましたでしょう」


ああ、どうか。お願いだから。こわいくらいと言ったのは、気がつかないふりをして。
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