あなたに呪いを差し上げましょう
「ねえ、気を悪くしないでちょうだいね。あなたは泥だらけだったし、それは転んだ傷には見えないわ」


はい、とかぼそい声が落ちる。


「だれかになにか言われたの?」

「……はい」


娘はお茶にもお菓子にも手をつけずに、きつく唇を噛んでいる。


「お茶が冷めてしまうわよ。紅茶はおきらいかしら」と言うと、「いえ」とこわごわ口をつけた。

美味しい、と無声音で動いた唇に二杯目をつぎ足してやり、わたくしも紅茶を傾ける。


「なんて言われたか、わたくしに教えてくれる?」

「も、申し訳ございません」

「あなたが言わないのは、内容がわたくしに関することだからかしら」


娘は押し黙ったまま、頑なに答えなかった。つまりは肯定である。


「やさしいのね、ありがとう。わたくしのせいでいやな思いをさせてしまってごめんなさい」

「いえ……!」


いつかはこうなるのではないかと思っていた。忌子のそばにいれば狙われるのはわかりきっている。


「ごめんなさいね、ほんとうにごめんなさい。……あなたさえよければ(いとま)を出すわ」

「い、いいえ」

「ほんとうによいの? 少し待ってもらえれば次の仕事を紹介できると思うわ。仕事が見つかってから暇を出すのでも構わないけれど、無理にわたくしのそばにいることはないのよ」


激しく首を振られた。方向は横。ぼろ、と音がしそうな涙が、きつく結んだ唇のそばをふた筋流れていく。


「ありがとう。あなたのいままでの献身と勇敢さに感謝を。あなたとまだ会えるのは嬉しいけれど、しばらくこちらに来るのはおやめなさい。わたくしから父に手紙を書きます。最低限の食料は幸い近くにあるわ。たくわえもあります。あなたはほとぼりが冷めるまで本邸にいらっしゃい。そちらで仕事をもらえるように父に頼みます」

「いえ、ですがそれでは」

「遠慮しなくていいのよ。これはわたくしのわがままなの。わたくしのせいでだれかが傷つくところを、見たくないのよ」


おまえのせいだと言われるのは、もう、充分だった。
< 55 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop