あなたに呪いを差し上げましょう
「気が変わったら、いつでも言うのよ。わたくしはあなたを恨みません。信じてもらえないかもしれないけれど、呪いもしないわ。だからどうか、自分によいと思うほうを選んでちょうだいね」


古ぼけた服の裾をきつく握った娘が、答える代わりに「御髪(おぐし)に触れることをお許しいただけますか」と呟いた。


「ええ、もちろん構わないけれど、ほんとうに醜い色よ」

「いいえ。……いいえ」


櫛と髪ひもを願われて貸すと、失礼します、と震える手で髪に触れた娘は、ゆっくり時間をかけながら、見事に結い上げた。丁寧で繊細な手つきだった。


いままでは宴のあるときだけ、手早くできるけれど凝ったふうに見える髪形にしてくれていたのに、宴などない夜に時間をかけて、実に凝った髪にしてくれた。


その間に急いで父に手紙を書いた。


季節の挨拶。世話係の娘がけがをしてきたこと。

こちらには充分暮らしていける余裕があること。

手先が器用で、よく気がつく立派な仕事ぶりであること。本邸での仕事を探してほしいということ。

わたくしの髪をうつくしく結ってくれたこと。


……できれば、娘がけがをした経緯を詳しく知りたい、ということ。


「ありがとう、すてきだわ。このあと宴がないだなんて、もったいないくらいよ」

「光栄に存じます」

「気をつけて帰ってね。あなたによい夜を」

「あなたさまに、よい夜が訪れますよう」


その晩、心配していたけれど、ルークさまは来なかった。


翌日、父から手紙が届いた。もって来たのは屈強な男性で、その体には汚れも傷もないことに、どうしようもなくほっとする。


手紙には、了承と、娘を使用人として雇うことが簡単に記されており、娘がけがをした経緯については事こまかに書き連ねてあった。


ざっくりまとめると、何代も前から細々と続いてきた周辺諸国との長い争いに疲弊しきった国民が、この国は呪われている、呪いを解けばいくさもうまくいくと言い出したらしい。


呪いと言えば忌子。忌子と言えばわたくし。わたくしといえば魔女。


善良な王国民よ立ち上がれ、魔女を排せよ。


あの女の仕業だ。あの令嬢を引きずり出せ。あの魔女めを懲らしめれば。


……そんな、ありもしない魔女を探す、魔女狩りが各地で始まったのだった。
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