あなたに呪いを差し上げましょう
善良な、というのがいやらしいところだった。


善良であると信じるものも、善良でありたいと願うものも、善良でなければいけない立場のものも、大勢が引っかかる。


魔女の名のもとに、うつくしすぎる娘が、醜い娘が、貧しい娘が、よそ者の娘が、苦しい目にあうのでしょうね。体のいい、口減らしだもの。


わたくしはこれでも公爵令嬢だから、真っ先に狙えはしない。


でも、魔女狩りのおかげで情勢が少しは上向きになれば、やはり魔女はいらぬと訴えることができる。


民の大多数がそう訴えれば、王家は無視できない。わたくしの身柄を拘束し、大々的に処刑するしかない。


それを狙った勢力の、情勢に疎い末端が、愚かにもわたくしの世話係に手を出したというわけだった。


父がここまで詳しく知っているのは、公爵家の威信にかけて、その末端の下手人を捕らえたからに他ならない。

どこのだれともわからないそのひとがどうなってしまったかは、想像にかたくない。


いよいよ、ここまで。ここまで来たのね。


ため息をつきたい気分だった。


歴史を少しひも解けば、この先どうなるかはいやでも想像がつく。


人が戦いを欲するときは、いつでもその理由が見つかるもの。

(かつ)えはじめた民の動きや思想は、いつの時代も、どこの国でも、おおよそ似たようなものだもの。


ルークさまにも来ないように言わなければ、と何度も思うのに、その服がどこも汚れず、髪が乱れず、態度がやさしいものだから、ずるずると先延ばしにしてしまう。


満月を三度は一緒に迎えたころ、やはり真夜中に扉を叩いたルークさまは、どこか思い詰めた様子で椅子に座った。


「ルークさま、なにかありましたか」

「いえ……」


うつむきがちに何度も言いよどむのを、辛抱強く待つ。


「ルークさま」


呼びかけに、ゆらりと視線が上がった。


「アンジー」

「はい」

「……ルークと、呼んではくださいませんか」

「ご冗談でしょうか」


即答していた。即答以外の選択肢がなかった。


わたくしたちの関係で、立場で、それ以外に言えることはない。
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