あなたに呪いを差し上げましょう
こちらの答えを予測していたような顔で、うつくしさの化身が笑う。翠の瞳がすがめられ、ため息がひとつ落ちた。


「相変わらずつれないお方ですね。敬称はいりませんと——あなたと、敬称などいらない関係になりたいと、申し上げているつもりなのですが」


返答を間違えてはいけない。いまわたくしは、薄氷の上を渡っている。

居心地のよい間柄が続くか、逆賊よろしく身を落とすか、という薄氷の上を。


目の前のひとは、いままでのようなからかいを含まない、こちらの退路を塞ぐのもいとわない顔をしている。


「ルークさま。いまでしたらまだ、ご冗談にできますわ」

「私は冗談になどしたくありません」

「わたくしは冗談にしたいのです。……お許しくださいませ」


わかっていて許せなんて言ったわたくしに、ルークさまは顔を歪めた。


薄氷の上を歩きながら、手探りでそっと話題を振る。


「いま、国境周辺が騒がしいそうですね」

「ええ。隣国との諍いが頻発しています」


そのようですね、と伝聞で言われることを期待しての話題に、確信を持った相槌が挟まれた。


……そう。そうなの。これに答えるの。答えることに、してしまったのね。


再び言葉を選ぶ気配がする。一拍置いて深く吸った呼吸音に迷いはなかった。


「軍人の端くれとして申し上げると、英雄とは、軍人とは、最後に散って終わるものだと思うのです」

「あなたさまは軍人でいらしたのですね」

「はい」


予想はついていた。


大きい体格、貴族の道楽ではなくよく鍛え込まれた身体、いつも腰にはいている装飾の少ない剣。独特の身のこなし、ほとんど音のしない足運び。


ルークと呼んでほしいなんて言い出したのは、自分にあまり先がないと思ったからでしょう。だから、いつもは避ける話を持ち出した。
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