あなたに呪いを差し上げましょう
「いくさに出られたことは、おありですか」

「ええ。……初陣は、散々でした」

「散々ですか」

「散々です。手も足もなんとか動きました。恐怖で固まりはしなかった。……でも、あれほど恐怖を感じたことは、あとにも先にもありません」


静かな口調だった。


「敵が迫ってくることがでは、なく。周りにいた仲間が私を守って(たお)れ、いつの間にか少しずつ視界がひらけていって、ひとり私だけが取り残されることが。それが、たまらなく怖かった。死というものは、このように理不尽に迫ってくるのだと思いました」


随分前に決別を済ませてあるらしい、淡々とした口調だった。


「こうしたほうがよいと思ったことは、大抵、自分を助けてくれます。私はその勘がそれなりの確率で当たり、仲間に恵まれて、生き残ってこられただけのことです。ですが、それを、さも私がなにか特別なちからを持っているからかのような言い回しをされることがあります」

「……それは、おいやでしょうね」

「ええ。とても」


目は合わない。湿度の低いその声は、乾いているのに、泣いているみたいな響きをしている。


わたくしは軍人ではないから、忌子がそう言われるのと同じかは、判断がつかない。だから、重責をすべてわかることはできないけれど。


「わたくし、あなたさまをのせて運ぶ、蝶々にはなれません。わたくしでは、それほど距離を稼がないうちから、どこかでどなたかに見つかってしまうに決まっているのですもの」


「蝶々になどなる必要はありませんよ。ツバメにも、ネズミにもならないでくださいね」とルークさまが笑った。ええ、と頷く。


「ルークさま」

「はい」


わたくしは、蝶々にも、ツバメにも、ネズミにもなれません。


……そうして、あなたさまを、ルークとは呼べません。ただ、隠れ家だけは、あるのだと。


「わたくしは、なににもなれませんけれど。いつでも小道を踏み固め、戸に油を差し、食器を磨いて、美味しいお茶とお菓子をご用意しておきますわ」


ルークさまは眩しそうに目を細めた。
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