あなたに呪いを差し上げましょう
「それではお手間でしょう。マッチを一本貸していただけたら構いませんのに」

「まあ、いけません。それでは凍えてしまいますもの」

「……あなたは私に甘すぎる。そのやさしさに私が漬け込んだらどうするんです」

「あら、イチジクの蜂蜜漬けは大好物ですわ。いつでも漬け込みにいらしてください」


はは、と笑い声が響く。


「ええ、是非。今度お邪魔するときは大樽いっぱいの蜂蜜を抱えてこなくては」


……まったく、あなたにはかなわないな。


ちいさな呟きは、聞こえなかったふりをする。


あなたさまの未来に血の匂いなどいらない、行かないでほしいと言えたらよかったのに。


でも、そんな無責任なことは言えない。このひとはきっと、軍人であることに誇りを持っている。


代わりに頷くことはできるから。わたくしにできる約束なんて、これくらいしかないから。


せめて、かなえられる約束くらいは結びたかった。


ねえルークさま、わたくしは甘くもやさしくもないのです。

ほんとうは、こちらにいらしてはいけません、と言わなければいけないのに、そのたった一言が言えないのだもの。


ルークさまが静かに瞬きをした。


「アンジー、今日こそはあなたの好きなものを教えてください。このままだとイチジクの蜂蜜漬けか、柑橘の紅茶をうずたかく積み上げることになってしまう」

「刺繍と写本です」

「それはあなたのお仕事で、趣味で、特技でしょう」


言外に教える気はないと言うと、苦笑された。


「……アンジー」

「なんでしょう。好きなものは刺繍と写本ですよ」


ええ、ですから。


「あなたに刺繍をお願いしても、いいですか」
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