あなたに呪いを差し上げましょう
「刺繍のご依頼ですか」


おうむ返しをしたわたくしに目を合わせて、はい、と頷く。ひどく真面目で熱を帯びた瞳が、こちらをしかと見つめている。


「簡単なもので構いません。ただ、しばらく遠出をするものですから、なにかよすがが欲しいのです。もちろんお代はお支払いします」


簡単なもので、ですって。


自分の眉が吊り上がるのがわかった。


「……どうしてもっと早くおっしゃってくださらないのですか」

「い、言い出しにくくて」

「刺繍は時間がかかりますのに……!」

「ですから簡単なもので」

「ばかなことをおっしゃらないでくださいませ」


ぴしゃりと言った。なじるようだった。


「わたくしが刺繍したものを、持ち歩いてくださるのでしょう」

「……はい」

「遠出というのは、何日もお会いできないということでしょう」

「はい」


これはお答えにならなくてもよろしいですが、と前置いて口を開く。機密かもしれないので、無理は言えない。


「わたくしに刺繍をお頼みになるということは、……危険な、ところに、お出かけなさるのでしょう?」

「……はい」


頷かれて泣きたい気分だった。


ルークさまが答えられるということは、公に、大々的に発表される危険な行為だということで、つまりは栄誉なことで、隠しようもなく危険なところに行くということだもの。


彼の腰の剣がその場所を教えてくれる。言うまでもなく戦場である。


「お代はいただけません」

「アンジー」


なだめるような声音を遮って、ルークさま、と静かに呼ぶ。声が震えないかだけが心配だった。


「わたくしが、危険なところに——戦地に赴く男性のハンカチに刺繍をする意味を、知らぬとお思いですか」


刺繍は祈りだった。


「わたくしが、あなたさまのご無事を祈らないとお思いなのですか」


待つことしかできない歯がゆさの、見送ることしかできない非力さの、すべてを込めて刺繍をする。


刺繍はそのひと針ひと針をさしながら、待つ側が、このひとに無事に帰ってきてほしいと祈るためのものなのだ。
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