あなたに呪いを差し上げましょう
これで伝わらなかったらどうしよう、と思いながら言い直すと、ためらいがちに、アンジー、と静かに呼ばれた。


「はい」

「あなたにお伝えしたいことがあります」

「なんでしょう」

「実は……あなたに罪を着せようとする者たちがいるのです」


苦しそうにこちらを見遣るので、ことさら明るく笑ってみせる。


大丈夫。わたくしは、このくらいでくじけはしない。


この方がおっしゃることができるのは、広く周知されるような政策、軍人として知ったこと。諸侯が集まって決め、きっと陛下に上奏されて認可されたことを、個人が覆すことはできない。


狙うでもいいのに、罪を着せようとするなんて、こちらを慮った言い方をしてもらった。わたくしに罪がないと信じていると言うのと同じことだった。


「存じております。敵国にわたくしの首を売れば、すべて丸くおさまると思っている方たちのことでしょう?」

「魔女だなんて、そんな御伽噺を本気で信じている愚か者たちです」


ふいに、どこか遠くで、夜鳴鳥が鳴いた。


ルークさまは普通にお話してくださるから忘れそうになるけれど、わたくしは忌子。

噂ばかりが先行してだれもにおそれられる死神。おぞましき呪われ令嬢。


別にわたくしの首を売っても敵国は喜ばないし、攻める手数を変えないし、王国に勝利がもたらされるわけでもない。

でも、そう思い込んでいるひとにとってはそれが真実で、そう思い込んでいるひとが多いなら、わたくしは世論に負けて処罰されうる。


大きな波にのまれたら、逃れ出るのは難しい。


「……アンジー。アンジェリカ。あなたはこんなところで終わってはいけない」


揺れてかすれた低い声が落ちる。


そっと手を取られた。こちらに触れた指先が、燃えるように熱い。


「いくさが終わったら、どうか、私とともに来ていただけませんか。安全なところに匿って差し上げます。……私はあなたの、生きる理由になりたい」

「まあ。随分わたくしを買ってくださるのですね。光栄だわ」


匿ってもらって、刺繍でもして暮らすのは、とても穏やかそうだった。しあわせになれそうな気がした。でも。


ありがとう存じます、と呟いてゆっくり微笑んだ。笑えているはずだった。
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