あなたに呪いを差し上げましょう
翌朝、閑古鳥の鳴く屋敷の扉を珍しく叩く音がして、窓の向こうをのぞいてみると、ルークさまと世話係の娘の次に見慣れた姿があった。


なんてこと。公爵ともあろうお方が、供もろくにつけずにおひとりで。


「……閣下、お越しいただき申し訳ありません。お呼びいただけましたら、わたくしがそちらに参りましたのに」

「いや、たまには顔を見にな」

「ありがとう存じます」


以前の呼び出しはつい先日のことのように感じるのに、父の背がひとまわりちいさくなったような、不思議な寂しさを覚えた。


「…………おまえが、襲われたと聞いたが」

「問題ございません。みなさまお帰りくださいましたわ」

「そうか」


それきり話が続かない。お茶でも飲んで間をもたせようと思ったけれど、お茶とお菓子を用意しても口をつけてくれずに、固く手を組んでいる。


「なにか聞きたいことはあるか」

「世話係の娘は、無事でしょうか」


聞きたいことというのは、父は、わたくしが自分を匿う余裕はあるかと聞くことを予想していたのではないかしら。

もしくは、宰相閣下に取りなしてほしいと言うか。


でも、わたくしはそこまで厚顔にはなれないわ。


女性で、特別なちからもなく、忌子であるわたくしの命は軽い。ならばせめて、自分の命かわいさに判断を誤って、手放してはいけないものを手放すわけにはいかないもの。


こういうときに狙われるのは、そばにいたことのある、情が移りそうな者。ましてや娘なら、いかようにでもできてしまう。


「問題ない。いまはこちらの屋敷の奥にいる」

「それは安心いたしました。ありがとう存じます」


いや、と短く答えた父は、この家にいるとき、本邸と別邸という区別を使わない。


こちらの屋敷、というのは公爵家のことで、この古びた屋敷より、よほどすぐれた警備をしている。そうそう危険はないでしょう。
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