あなたに呪いを差し上げましょう
「なにが好きなひとなんだい?」

「刺繍と読書です。銀の像の話を聞いたら、『ツバメがおそばに来ても、金箔も宝石も渡してはいけませんよ』と笑ってくれると思います」

「それはそれは。おまえも大きく出たものだ」

「英雄も形なしだなあ」


兄たちがそろって笑った。


「形などなくて構いません。英雄譚は好みではないひとです。私も、格好をつけてばかりではいられませんので」

「王の名は必要か。次期王の名でもよいが」

「いえ、どちらも必要ありません」


短く言った。返答は決まっていた。


「これは私たちの問題です。私が勝手にひとりで決めたことに、粛々と従うような女性を選んだ覚えはありません」


縁を切られて終わりでしょう。なじってくれたらよいほうです。


そう言うと、意外そうに自分より薄い空色がすがめられた。


「可だとか不可だとか、だれかの意見によって円満に関係が終始するひとなら、きっと楽だったでしょうね。ですが、私は楽をするために彼女を選んだわけではありませんから」


それだけで済むのなら、一番発言権の強いひとにそう言ってもらえばいい。

一番発言権の強いひとが身内な私は、すぐにでも楽ができる。


「私がいままで積み上げてきた実績は、彼女を守るくらいのことで揺るがないと信じています。私のこの十年あまりは、それほど安くはないと思います」


祈るように目を閉じる。


「……おまえがしっかりした女性を選んだことを、口惜しいと思う日が来るとは思わなかった」


一の兄の声は、少しだけ揺れていた。


「かわいい弟に言祝ぎとハンカチの刺繍をしてくれたお礼を直接言えないことを、残念に思うよ」


二の兄の声は、少しだけ低かった。


「父上には、こちらからお話しておく。……案ずるな。おまえがずっと月であってくれたことは、けして安くないとも」

「そのお言葉だけで充分です、兄上」


深く頭を垂れる。


おまえの好きにしなさい、と言われたも同然だった。


彼女が不名誉な呼び名で呼ばれているのは有名で、このたびのいくさでも名前があがってしまうほどだった。


反対されなかっただけでも上等なのだ。得がたい女性を得たと言われた。それだけで充分だった。




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