彼は腐女子を選んだ
帰路は、危なかった。

なぜか涙がこみ上げてきて……何度、目をこすっても、風景が曇って困った。


***

一旦帰宅してから、改めて、荷物を持って出発した。


駅へ向かうバスの中で、あきらからのラインが入った。

<もしかして、お見舞いに来てくれたの、正美ちゃん?>


ちょっと、ほっとした。

……あのまま、目が覚めなかったらどうしよう……と、不安になっていたらしい。


<おはよう。陣中見舞いだ。買いすぎたけど、食べ過ぎんときや。>

そう送ったら、あきらは何と、電話をかけてきた。


<今バスの中やから出られへん。待て。>

慌てて送信した。


きっちり10分後に、もう一度あきらが電話をかけてきた。


「はいはい。」

集合場所に向かって歩きながら、電話に出た。

『俺。』

ただそれだけなのに、いい声すぎて、ドキンとした。

「ああ。私だ。」

くやしいので、私も低い声で対抗してみた。

『……起こしてくれたらよかったのに。』

残念そうなあきらの声。

……むくむくと私の中の庇護心が膨れ上がった。

「よぉ寝てたし。ゆっくり休んどき。」

『ありがとう……でも、次からは、起こして。睡眠より、正美ちゃんのほうが、元気出るから。……旅行、楽しんで来て。写真、あとで見せてな。』

「わかった。では、行く。」

『いってらっしゃい。』

最後は泣きそうな声。


……かわいそうに。

代われるものなら、代わってやりたいと、本気で思った。



***

集合場所で、担任から残念なお知らせが告げられた。

あきらが旅行に来ない、と。

うちのクラスのみならず、全体がざわつき、悲鳴があちこちから上がった。


……なるほど……南国リゾートの開放的な雰囲気に乗じて、あきらに(こく)ろうとしてる子たちは、ひとりやふたりではなかったらしい。

既にふられていたとしても、あきらはそれまでと変わらずフレンドリーらしいので、めげずに何度も突撃する子たちも多いらしい。

明確に告白を決めていた子たちはもちろん、そこまでの意志は固まっていなくとも、あきらの写真を撮りたいとか、話し掛けたいとか……そんな期待に胸を膨らませていた子たちもまた、どんより落ち込んでいた。


けっこうな人数の子たちが、直接あきらにメールやラインで連絡をとったところ、かなり遅れて返事がきたようだ。

……まあ……私ががんばらなくても、あきらはたくさんの画像や動画を受け取ることになるだろう。



「みんな、あきらに土産(みやげ)買ってってやろうぜ。1人1点。高すぎないもんにしろよ。」


お節介な旅行委員の号令で、私も、行く先々で何がいいかと悩まされることになった。

***
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