彼は腐女子を選んだ
誰かの解釈が入った紹介文ではなく、なるべく原典に近い文書の翻刻文を自分なりに読み解くのが楽しくて楽しくてしょうがない。

ノートに書き写していると、艶のある低いイイ声が降り注いできた。



「あれ?堀さん、古典の予習?」



顔を上げなくても、わかった。

声優みたいな美声。



同じクラスの杉森あきらだ。


こいつは、他の馬鹿男子どもと違って……私みたいな、見るからにとっつきにくいオタクにも、普通に話し掛けてくる。




私は、顔を上げず、敢えてめんどくさそうに返事した。

「いや。違う。」


「そっか。俺、次、当たるねん。予習したけど、難しかったわ。なんで、文章の途中で主語がコロコロ変わるかなぁ。めっちゃ不親切。……ほんまに、同時代のひとらには、これで意味通じてたかなあ?」


不満そうにそう言ってから、杉森くんは私の横の椅子に座った。





……図書館は空席だらけなのに、なんで、そこに座るんだ。

勝手に視界に入ってくるんじゃない!



さすがに、視線をわざわざ逸らすことまではできないので……どうしても目の端に彼の姿を捉えてしまった。



杉森くんは、今日もかっこよかった……。


声も顔もイイってだけでも、リア充の条件クリアーだよな。


でも杉森くんの魅力は、それだけにとどまらない。

中身も、めちゃめちゃ好青年だと思う。


誰に対しても分け隔てなく親切で、フレンドリー。


そりゃ、モテるよなぁ。



しかも、中学生のときに大手芸能プロダクションの偉いさんの目に留まり、惚れ込まれて、CMモデルや俳優みたいなこともしているようだ。


その割にチャラ男になるわけでもなく、偏差値の高いうちの高校に合格し、現在も学業優先を貫いている。


……そもそも、古典の授業で習う古文なんか、なんぼでも現代語訳本があるのに、彼は自分でいちいち品詞分解して内容を理解しているとか……どれだけ熱心なんだ。


兄上のお下がりの参考書を丸写ししてる私より、よっぽど真面目な奴だ。



「……伝わるんちゃう?今でも京都のひとの会話って、遠回しな婉曲表現が普通やし。」


小声でそう答えたら、杉森くんは目を大きく見開き、何度もこくこくとうなずいた。


「そうか!そうやな!京都か!なるほどなあ。納得した。」


そして、私の目を見て、にっこりと極上の笑顔になった。
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