彼は腐女子を選んだ
「……いや、何もないほうがいいやろ。こいつ、血液腫瘍内科。」


心臓が、ドキンと跳ねた。


それって……あきらが入院してたところじゃないか。

もしかしたら、るうさん、あきらの主治医だったりして……。


「じゃあ、正美ちゃんに挨拶できたし、そろそろおいとましますね。」

「あら。お夕食、食べて行ってちょうだいな。すぐお寿司注文するから。」

母が慌てて、懇意のお寿司屋さんのメニュー表に手を伸ばした。


「うーん。後ろ髪引かれますが、これから病院に戻らなきゃいけなくて。また、改めて、ご馳走してください。」

ハキハキとそう言って、るうさんは立ち上がった。


「送るわ。」
と、兄上が珍しく優しい。


……カノジョには甘いのか……。


我が兄ながら、彼はなかなかの変人なので、私は珍しいモノを見て動揺した。



「るうさん、臨月までお仕事続けるんですか?」

玄関先でそう尋ねてみたら、るうさんは苦笑した。

「……そうしたい気もするけど、激務だからねえ。大事を取って、今月一杯で辞めようかと思ってる。」

「そうですか。……うん。そのほうがいいですよね。」

ちょっと……いや、かなりホッとした。

たとえるうさんがあきらの主治医じゃなかったとしても、同じ病院の同じ病棟なら、絶対バレるだろう。

……学校でだけカノジョのふりをする約束だったことなんて完全に忘れ去って、私は既にあきらを最期まで支えたいと思っていた。


***

兄上とるうさんを見送った後、自室へ逃げ込んでから、あきらにラインを入れてみた。

<ただいま。帰宅した。具合はどう?先生、お土産持ってった?>


すぐに既読がつき、返信が来た。

<おかえり。おつかれさま。お土産、ありがとう。受け取った。正美ちゃん、高価なモノをごめんな。>


もう見たのか!


<いや。似合いそうだと思ったから。それより、すまない。クリスチャンだと、後から聞いた。>

<関係ないよ。うれしかった。早速つけてる。ありがとう。>


胸が一杯になった。


<そうか。よかった。あ、荒川弓子の十字架(クルス)もつけてあげて。>

<うん。弓ちゃんから電話あった。正美ちゃんに面倒を押し付けて、ごめん。でも、弓ちゃん、楽しかったみたい。ありがとう。>


……まるで、荒川弓子の保護者だな。
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