彼は腐女子を選んだ
「普通でいいよ。そのままで。」

「そのままって……私は、オタクだぞ。腐女子だぞ。」


あきらは優しい瞳で言った。

「いいやん。オタクでも腐女子でも。正美ちゃんの作品、読んだよ。綺麗だった。また、見せて。今、どんなん描いてるの?」

「読んだのか!?」

びっくりした。

びっくりしすぎて、のけぞって、後ずさりしてしまった。


……あきら……お前、すごいな。

どんだけキャパ広いんだ。

そういえば、ジャン・コクトーやジャン・マレーも読んでたっけ。
そうか……。


「うん。読んだ読んだ。次の作品も楽しみにしてるんやけど。……描いてる?」

ドキッとした。

「いや。あまり。……夏休みに描くつもりだったんだが……」

「そうなん?楽しみ。あ、ココで描いてくれても、勉強してくれてもいいよ。……てか、そうしてほしい。」

「……物好きな奴だな。」


ちょっと呆れてそう言ったら、あきらはニッと笑った。


***

翌週、あきらは元気な顔で登校した。

みんなにもみくちゃにされ、逢うヒト逢うヒトにお土産のお礼を言い、話を聞くあきらを、私は遠巻きに眺めていた。

……客観的にこうして見てると……しみじみ、あきらって、ほんといい奴だよな。

元々、我々オタクに対しても、あんな風に気さくに声をかけてくれてたもんなあ……。

今さらだけど。


「あきらがいるといないで、教室の空気が違うねえ。さすが。」

ひかりんがしみじみと感嘆した。


「うん。感心する。」

素直にそう言ったら、ひかりんが肘で私をつついた。

「なになに?惚れてるの?自覚した?まさみんのカレシやで。」

「……ありがたいことだな。」

「まさみん?」


泣かないように、無理矢理ほほえんで見せた。



ひかりんは、それ以上何も言わなかった。

何か勘付いているのだろうか……。


ひかりんはいつも、そんな風に、あきらを見守る私をそばで支えてくれている気がした。




あきらは、どう見ても体調がよくない時も、いつも笑顔をたやさず、みんなに囲まれていた。

……もう成績なんてどうでもいいはずなのに……7月の定期テストも、いつも通りちゃんと勉強して臨んでいた。


近隣の大学教授を招いての特別講座にも、むしろサボろうとしていた私を引っ張って参加したがった。

何でも、御父君の学生時代のご友人が講師に来るらしい。

ということは……うん、やっぱり、法律学の教授だよな……はは。


法学なんて砂を噛むような学問でおもしろくもなんともない……。

教授はそう前置きしてから、以前発生した有名な事件を学術的に解説してくれた。

理論上の正義と現実の判決との乖離の理由とか、義憤にかられる話に心が熱くなった。


講義の後、たぶん法学部を目指す生徒が激増しただろう。


かくいう私も……

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