彼は腐女子を選んだ
「今日は何、買って来てくれたん?見せて。」

「たくさん食べられへんやろし、3つだけ。……ひとくちずつ囓ったらいいよ。」


なるべく食べやすそうなパンを選んできたけれど、それでも嚥下に時間がかかるだろう。


目に見えて、体中の筋力が衰えている。



「ありがとう。あ、俺、これ、好き!」

「うん。気に入ってたから。」


ゆで卵を潰して自家製マヨネーズと合えたフィリングをたっぷり詰めた丸い甘い卵パン。

優しい味は、私も子供のころから大好きだ。


「……どうしよう。ひとくちでやめられない。……後で吐いてもいいから、食べていいと思う?」

まるで、卵パンと真剣勝負だな。


「吐くのも、体力つかってしんどそう。……ゆっくりゆっくり噛んで食べてみたら?50回噛むとか。」

「……やってみる。」

一心不乱に甘い柔らかい卵パンを噛み続けるあきらが、かわいくて、いとしくて……泣きそう……。



「そろそろ、行くね。終業式終わったら、すぐまた来るから。ゆっくり休んでてね。」


咀嚼中のあきらは、右手を上げてぶんぶん振った。


「いってきます。」


あきらは笑顔で、頷いた。


***

終業式自体はすぐに終わったが、その後のホームルームが長引いた。


二学期の行事の準備が始まるため、各委員がはりきっていた。



体育祭かあ。

去年のあきら、かっこよかったなぁ。

クラスは違ったけれど、応援団長だったあきらの勇姿を思い出して、泣きそうになった。



体育祭だけじゃない。

との行事でも、あきらはいつもキラキラ輝いて、目立っていた。


……あかん。

思い出したら、マジで涙が……。



「トイレ行ってくる。」

小声でひかりんにそう言い置いて、私はそそくさと教室を出た。



廊下で鼻をすすりながら歩いていると、背の高いスーツの男性がキョロキョロしてるのが見えた。


……あれ。

今朝、お会いした、あきらの御父君じゃないか?



「杉森さん。」

そう呼び掛けたら、あきらの御父君はすぐに私に気づいたらしく、笑顔を向けた。


……優しい目が……あきらに似てる……。


ポロッと、涙がこぼれてしまった。

慌てて指で涙を払って、ごまかした。


「職員室をお探しですか?ご案内いたしましょうか?」

「……ありがとう。……大丈夫?」


どうやら、全然ごまかせてなかったらしい。
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