彼は腐女子を選んだ
そう言って、手渡されたのは……あきらの成績表。


ぎょっとしたけど、受け取った。

「がんばってたから、喜ぶでしょうね。」


余命宣告され、将来がなくなってしまっても、あきらはちゃんと授業を受けて、勉強していた。

私が評価者なら、満点つけて、学年一位にしてやりたい!


「……ありがとう。」

御父君は鼻を抑えて、顔を背けた。


……うん。

泣いちゃうよね……こんなの……。

たまんない。


もしかしたら、土日もご両親が仕事してるのは……あきらに涙を見せないためかもしれない、とようやく気づいた。

あんなに、できた息子なんだもん。

自慢の息子のはずだ。

……こんなことになって……苦しくないはずがない……。

カノジョのふりしてる私がこんなに悲しいのに……。


あきらの成績表を抱きしめるように、そっと胸に押し当てた。

ただの紙じゃない。


あきらの努力の証だ。



「すぐ届けます。いってきます。」

顔を上げて、御父君にそう宣言した。

「よろしくお願いします。」

御父君は、私に深々と頭を下げた。


私もまた、ぺこりとお辞儀して、御父君と別れた。



蝉の声がやけに大きくて……梅雨明けを実感した。

夏が、やってくる。


あきらにとって、最後の夏が……。



***

まだ面会時間じゃないけれど、まあ、いいか……。

タクシーを降りると、わき目もふらず、あきらの病室を目指した。


おや?

あきらの部屋の前に、看護師さんや患者さんが、ウロウロしていた。


……何?

あきらが、芸能人って、気づいたのかな?


「すみません。通してください。」

そう声をかけたら、若い看護師さんが目を輝かせて私に聞いた。

「患者さんのご家族ですか?中に、歌舞伎役者さんがいらしてるんですよ。杉森さんのお友達ですか?」

「……歌舞伎役者……。」


なるほど。

以前、ドラマで何人かの役者と共演していたような気がする。


誰だろう。

……てゆーか。

「あの、プライバシー侵害で訴えられるようなこと、しないでくださいね。芸能人は肖像権もありますし。……せっかく忙しいかたがお見舞いに来てくださったなら、邪魔しないであげてくださいね?」

敢えて、しかつめらしく言った。


効果があったらしく、看護師さんも患者さんも、ぶつくさ言いながらも退散してった。
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