彼は腐女子を選んだ
明るく振る舞うあきらが、いじらしかった。


中村上総の眉間に縦皺がいくつも寄った。

「最後になんか、しねーよ。ばーか。」

さっきまで、関西弁……というよりは京都っぽい言葉だったのに、急にとっぽいにーちゃんのような口調になった。


「……え。でも、もう東京帰るやろ?」

「ああ。千秋楽やからな。東京帰っても、休演日に来るから。」

……そうか。

今月、大阪で歌舞伎興行やってわ。

中村上総、そこに出てたんや。

で、興行期間が終わったから、東京に帰るんや。



「お家、東京なんですか?京都の言葉っぽいから、京都にお住まいかと思ってました。」

そう言ったら、中村上総はニコッと笑った。

「俺、京都生まれ、京都育ちやねん。今の師匠に弟子入りする時に、東京に移ってん。……京都に居たときに、あきらのお母さんに世話になってね……あきらが業界入りしてから、ずっと面倒見てきてん。な?」

「……仕事面より、遊びに引っ張り回されてた記憶しかないけど……確かに、世話になったわ。」

あきらも笑顔でみとめた。


「そうそう。ええとこで、悪いこともいっぱい教えたわ。」

中村上総の端正なお顔が、いやらしく崩れた。

……そっち方面……ね。

ん?

待てよ。

中村上総って……もちろん女にモテモテだけど……男にもモテてたはず。

てか、その筋では有名なヒトだ。

子役の頃は、おじさんにもおばさんにも、可愛がられてきたと。


……えーと……。


「教えたのは、女だけ?男の味も教えたのか?」

思わず口をついて出てしまった……。


「正美ちゃん!!!」

あきらは顔を真っ赤にして、叫んだ。


そして、中村上総は、ぽかーんとして……それから、私をマジマジと見て……クッと笑った。

「……なるほど。正美ちゃんは、いわゆる、腐女子?」



変なことを聞いてしまったことは自覚している。

だが、今さらなので、開き直って、胸を張った。

「ああ。そうだ。腐趣味のオタクだ。……そういう意味で、中村上総丈には、前から注目してたから。つい……。」

ますます失礼なことを言ってしまった。


中村上総は肩をすくめた。

「やれやれ。大変なカノジョだな。あきら。」

「いいんだよ。正美ちゃんは、それで。」

あきらは、中村上総にそう言ってから、私に向かって言った。

「こんな遊び人のお兄さんに仕込まれたからさ、確かに悪い遊びもしてきた。……聞きたければ、話してあげる。同人誌のネタにすればいいよ。」
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