彼は腐女子を選んだ
変則的ながら、抱き合っているような形になった。


あきらは、私の鼻を解放して、空いた手で私を抱きしめた。


「……気持ちいい……。ふにふに……。」

あきらがつぶやいた。


「ほとんど脂肪だからな。」

色気のないことを言ってしまった。


ちょっと笑って、あきらは手を放した。

「ごめん。抱き心地よすぎて、つい……。」

「……そうなのか?……別に、かまわんよ。」


うれしいし……って、言葉は飲み込んだ。


代わりに、あきらの欲しい言葉を伝えた。


「かっこいい。あきらは、容姿ももちろんかっこいいが、私は、あきらの、誰に対しても分け隔てなく親切でフレンドリーなところがものすごくかっこいいと思う。……学校行事にも定期テストにも、誰よりも真剣に取り組む姿勢も、めちゃめちゃかっこいい。……誰も彼も、あきらを好きになるわけだ。」


あきらの瞳が揺れた。

紅潮した頬に、一滴……涙が伝い落ちた。


「……正美ちゃん……。ありがとう。」


「別にお世辞じゃないぞ。」


本心なので、ふんぞり返った。


「今日も、みんな、あきらに会えなくて、残念がってた。夏休みに、遊びに誘うって盛り上がってたから、そのうち、連絡来るんじゃないか?」

「あ、うん。何人か誘ってくれた。うれしいけど、もう、俺、病院を出られないんじゃないかな。……脚も痺れたままやし。」


なるほど。

それで弱気になってるのか。


「帰りたければ家に帰ればいい。看護師を雇ってもらえ。」

「……それも考えたけど……急に、身体のどこに痛みが出るかわからないから……病院のほうが、俺が安心やねん。」


しょんぼりと、あきらは嘆息した。


「ごめん。ワガママ言うた。」

「なんも。これぐらい、ワガママには入らんよ。うちの兄上なんか、ナチュラルに俺様でワガママだからな。」

「……へえ。……だから、正美ちゃん、耐性あるんやろか。俺のことでも、さんざん悪く言われてしもて……ごめんな。」

「なんも。あきら、その都度、庇ってくれたやん。……おかげで、私は、王子様に守られるお姫様の気分も満喫できた。……楽しかったな。」


しみじみと、そう言った。


「……うん。俺も。……正美ちゃんには迷惑かけたけど、……楽しかった。」

「いや。迷惑じゃない。ほんまに楽しいんや。……そうだな、ここからは、塔に閉じ込められたラプンツェルの気分を楽しめ。」
< 55 / 76 >

この作品をシェア

pagetop