彼は腐女子を選んだ
学校のこと、クラスのみんなのこと、ご両親のこと、荒川弓子のこと、中村上総のこと、それから、あきらの過去の恋の話。

荒川弓子が言ってた、現在進行形らしき、手の届かない相手への恋については、何も言おうとしなかった。

……もしかして、秘めたまま……逝きたいのかな。


聞いてみたい気もしたが、あきらの想いを尊重するつもりだ。



……いや……。

……するつもり、だった。



何となくね、わかっちゃったのよね。

あきらの好きなヒト。


はは。

まあ、仕方ない。


気づかないふりをしよう。



そう。

あれは、7月の31日。


私たちは、同人誌のネーム割をしていた。


ストーリーが膨らみ過ぎて、想定していたページ数におさまらない。

よくあることなのだが、私は妥協したくなかった。

わかりやすく伝えるにはどう描けばいいか……。


乱読家のあきらは漫画もよく読んでるらしく、積極的に意見を出してくれた。


「ダメだよ。ベッドシーンは削れない。これがこの本の核なのに。18禁に振り切ってるなら、ここは丁寧に、大きく描かないと。」

「しかしそれではエロだらけになってしまうじゃないか。私は男の尻を描きたいわけじゃないんだ。黒塗りや白塗りやモザイクよりも、躍動する筋肉と飛び散る汗にロマンを感じてほしいんだ。」

「モザイクが想像をかき立てるんじゃないか。男の気持ち、わかってないなあ。それじゃ立派なBLエロ作家にはなれないよ。」

「エロは、ついでだ!」



熱い議論を交わしていたら、廊下にまで筒抜けだったらしい。


「……あの……先生が挨拶に来られてるんで、お話、ストップしてもらえますか?」

恐る恐る戸を開けた若い看護師の女の子が、真っ赤な顔で訴えた。


慌てて私たちは紙の束をあきらの掛け布団の中に突っ込んで隠した。


看護師が引っ込み、白衣のドクターが入ってきた。

なんと、それは、兄上が結婚する予定の、鈴木るうさんだった!


「ぅわあああああぁぁっ!」

「うぉおっとぉっ!」


思わず変な声を出してしまった。


でも、私だけじゃなかった。

あきらもまた奇声をもらして、慌てていた。



「何の話を、誰としてるのかと思ったら……。」

くすくす笑って、るうさんが、振り返った。


廊下から、ひょこりと顔を出したのは、うちの兄上だった。
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