彼は腐女子を選んだ
遺体は、すぐに霊安室に移された。

あきらは、悪性リンパ腫なので臓器や角膜のドナーにはなれない。

代わりに、自分の身体を医学に役立ててほしいと、大学病院に献体を申し出ていた。



つまり、葬儀の後で、あきらは再びこの病院に戻ってくる。

……そんなに、この病院に……ううん、るうさんの近くに戻りたかったのかな……なーんて思ってしまうのは、嫉妬かな。



今さら……嫉妬も何も、ないか。

あきらは、もういない。


もう、いないんだ……。


***

キリスト教では、お通夜は「前夜祭」と呼ばれる。

慌ただしいようだが、あきらの亡くなったその夜に前夜祭が執り行われた。


あきらの洗礼名は、ジャン。

……コクトーやジャン・マレーと同じ名前なんだな。


丁寧に墨書された「ジャン杉森あきら葬儀式場」の看板をしげしげ眺めていると、三々五々、制服の子達が集まって来た。

ひかりんも、泣き腫らした目で来た。


「……まさみん……。」

「ありがとう。よく来てくれた。あきらも喜んでると思う。……みんなに、逢いたがってた。ずっと。」


嗚咽が波のように広がった。


「ずっと、って……病気だったの?脳死って言ってたから、事故に遭ったのかと……」

「ひどいわ。あきら。ずっと隠してたん?」

「かわいそう。いつから……こんな……」


みんなの疑問に答えてあげたかったけれど、収拾がつかなそうだ。


「どうぞ、着席ください。詳しいことは、あきらの御父君が挨拶の時に説明します。」


そう案内してたら、不満そうに私を睨む子達もいた。


……仕方ない。

気にしない気にしない。


損な役割だとわかっていて、引き受けたんだ。

もう、私を守ってくれようとするあきらはいない。


でも大丈夫。

あきらの心が、支えてくれる。

これからも、私は、強く生きていける。






「正美ちゃん。式が始まるわ。……こちらへ。」

御母君が、呼びに来てくれた。



生前のあきらの強い希望で、私は友人ではなく、家族席で葬儀に臨んだ。


着席した会葬者の前まで進み、親族として前の椅子に座った。

嫌なざわつきに気づかないふりを貫いて、前を見つめた。


正面に飾られたあきらの写真は、制服を着ていた。

もはや今となっては珍しい、何の変哲もない黒い学ランだ。
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