彼は腐女子を選んだ
母が、私に塩を投げつけた。


「ぺっぺっ……。顔はやめて。目に入る~。」

ぶつぶつ文句を言いながら、靴を脱いだ。


ふわっ……と、母が私を抱きしめた。

びっくりした!

子供の頃以来じゃないか?


「……お兄ちゃんから聞いた。大事なオトモダチやったんやてなあ。」


なるほど。

慰めてくれているのか。

ありがたいなあ……。


鼻の奥がツーンとしてきた。


「うん。……初めて生身のヒトを好きになった。……処女やけどな。」

「これ!もう!」

ぎゅっと、私を抱きしめた母の手に力が入った。


……とりあえず、「処女」という言葉を出すと怒られるらしい……。

親の愛情を改めて全身で受け止めて……胸が一杯になった。


「で?兄上は?」

「今日、宿直よ。明日、献体が届くから、帰り、遅くなるみたい。」

「……そうか。」


その献体が、私の初めて惚れた男だよ……。

とは、さすがに言えなかった。



***

翌朝、早めに教会に到着した。


「堀正美!」

「わ!荒川弓子!来たのか!」

涙でぐじゅぐじゅの荒川弓子が、仁王立ちで私を待っていた。


「来たわよ!すぐ帰るわよ!」

「……そうか。ごくろうさん。あきら、よろこんでるだろう。」


そう言ったら、荒川弓子は嗚咽して、私にしがみついた。

ひんひん泣いている、銀盤の妖精。

ほそいけれど筋肉質な綺麗な肩を大きく震わせて、思いっきり泣いていた。

たまに背中を撫でながら、私も泣いた。



あきら。

ずるいなあ。

荒川弓子も、私も、こんなに泣いてるのに……もう、いないんだもんなあ。




少しずつ参列者が集ってきた。

今日は本葬なので、夕べよりもたくさんのヒトが来てくれた。

……平日なので生徒達はいないけれど……。


受付に列んでいる参列者の後ろのほうに、兄上がいることに気づいた。

私は、荒川弓子を御母君に託して、兄上のもとへ行った。


「宿直お疲れ様。献体を引き取りに来たの?」


兄は二日酔いの時のように腫れぼったい目で、私を見た。

「いや。引き取りは別のヒトが来る。……死んだら葬儀に来るって約束したからな。……もう、だいぶ前の話やけど。」

遠い目をした兄は、知らないヒトのようだった。

「兄上もあきらと仲良しやったんやね。」


含まれた意味に気づいてるのか、気づいてないのか……兄上は、つぶやいた。

「別に仲良くない。たいした話もしなかった。やけに視線が絡んだ。……それだけや。」

「……ブロマンスか。」

「……。」


兄上は何も言わなかった。


ただ、遺影のあきらをみつめて、静かに泣いていた。
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