彼は腐女子を選んだ
この期間中は、昼休みや放課後に、文科系のクラブがこぞってパフォーマンスを披露している。


進学校のはずなのに、そのパワーと情熱に感心するわ……。


私は、幽霊系文芸部員なので一応寄稿はしたし、部誌の配布も手伝った。


あとは、ネタ探し……もとい、普段あまり接することのないチャラい軽音部や、ベールに包まれた鉄道研究や天文部を覗いた。

演劇部なんぞは、舞台だけでなく、教室や廊下で突然大袈裟な芝居を始めて、注目を浴びたり、どん引きされたりしていた。

ダンス部のフラッシュモブのようには決められず、それはそれでおもしろいと思った。


……さて、帰るか。


自転車置き場に向かっているとき、耳にとてつもない美声が飛び込んできた。


この声……。

慌てて(きびす)を返した。


私だけじゃない。

誰もが振り返り、声を辿る。


まるで、ハーメルンの笛に操られるように、私たちは集った。



グラウンドの中央に組まれた簡易ステージで歌っていたのは、杉森くんだった。


まあ……そうだよな。

うん。

こんな声、他に知らない。

艶のある優しい低い声を、無理に張り上げているわけではないのに、ちゃんと遠くまで届く素晴らしい声。


いや、声だけじゃない。

上手い!


歌まで歌えるのか。




「あきらー!」

と、男子も女子も、杉森くんのファーストネームを口々に叫んでいる。



ポカーンとしてる私とは対照的に、ひかりんが最前列で黄色い声をあげまくっていた。


さすがミューヲタだ。


あ、そうか。

ミュージカルに出る予定でもあって、レッスンを受けてたとか、そーゆーことか?


素人バンドのボーカルが、たいした声量も技量もないくせに、やたらかっこをつけて癖のある歌い方……がなったり、ささやいたり、叫んだりして、悦に入っているのとは全然違う。

誰の耳にも優しく、誰の心も鷲掴みにしてしまう、そんな歌だ。


すごい。

杉森くん、マジ、すごい。


……そりゃ、もてるわ……。



改めて私は感心し、その場を後にした。



どんなに離れても、杉森くんの歌は私の背中を貫き、心に染み入った。


……勝手に頬がゆるみ、多幸感に包まれた。


よぉし。

決めた。


次の部誌は、軽音男子で描こう。


……ん?

杉森くん、軽音部員じゃなかったと思うんだけど。
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