エリート官僚はお見合い妻と初夜に愛を契り合う

「なんだよ」

 足を止めて振り向いた彼の顔に手を伸ばし、両手で引き寄せる。かかとを上げて目を閉じ、私は時成さんに口づけした。

 自分からキスしたいという衝動は、初めてだった。気がついたら体が勝手に動いていたのだ。

 とはいえ、力任せに押しつけただけのすごく不器用なキスになってしまったけれど。

 唇を離すと、急に恥ずかしさが押し寄せてきてそっと時成さんの表情を窺う。彼は目を見開き、ぽかんと呆気に取られていた。

「花純……?」

 困惑した表情の彼に名前を呼ばれ、私は真っ赤になりながら言い訳する。

「い、言ったじゃないですか、時成さん。料理以外でも、あなたの気持ちを動かす努力をしろって」

〝それが今のお子様なキス?〟なんて思われていたらどうしよう。せっかく近づいていた彼との距離が、また開いてしまったら――。

 たちまち胸に不安が広がって俯いた刹那、大きな手が私の顔を包み込むように掴んで上を向かせた。

 視線の先で、時成さんが意地悪く口角を上げて言う。

「下手くそ」
「ご、ごめんなさい……」

 予想通りの反応だった。自分からキスをするなんて、身の丈に合わない行動をするんじゃなかった。

 後悔と羞恥とで勝手に潤んでくる視界の向こうで、時成さんが妖しく目を細めた。

「こうやんだよ、キスは」

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