エリート官僚はお見合い妻と初夜に愛を契り合う

 初対面で彼が私にぶつけた、『料理に人を動かそう力などない』という言葉。

 あの時はただの意地悪だと思っていたけれど、その根底には彼が幼い頃から植え付けられた、悲しい思い出があったんだ。

 かける言葉が見つからず、そんな自分が歯がゆくて唇を噛んでいると、時成さんが申し訳なさそうに眉を下げて苦笑した。

「悪いな、湿っぽい話をして。たぶん疲れてるんだ。風呂に入ってくる」

 そう言うと、時成さんはキッチンに食器を下げ、部屋を出て行こうとする。その背中がいつもより小さく見えて、きゅっと胸が締めつけられた。

 すれ違うご両親の姿を見て育った幼い頃の時成さんは、計り知れないほどの寂しさを抱えていただろうな。でも彼のことだから、きっと素直に寂しいとは言い出せない。

 ひとりで我慢して、ご両親の離婚の原因となった食事への悪いイメージだけを静かに降り積もらせて。……そんな過去、つらすぎるよ。

 私は居てもたってもいられなくなり、椅子から立ち上がるとドアを出て行こうとする彼をとっさに追いかけて、その背中にギュッと抱きついた。

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