エリート官僚はお見合い妻と初夜に愛を契り合う

「このグジ(甘鯛)ねえ、私は絶対に若狭(わかさ)のものじゃないと嫌だと言ったの。でも、流通の都合で長崎産のものしか手に入らなくて、仕入れ担当の料理人と大喧嘩」

 突然関係のない甘鯛の話を始めた先生に、私も伏見くんも戸惑って目を見合わせる。

 でも、先生にはきっとなにか意図があるに違いない。そう察した私は、口を挟まずに黙って話の続きを待った。

「結局ね、その料理人が実際に長崎産のグジを刺身にして持ってきて『文句は食べてから言ってください!』って怒るから、言われたとおりに食べてみたの。そしたら美味しいからびっくりよ。私はごめんなさいって素直に謝るしかなかったわ」

 先生はお茶目に肩をすくめて見せた後、伏見くんをまっすぐに見つめて問いかける。

「あなたは、一度でもご両親とそうやって真っ向からケンカした?」
「え……?」
「今の料亭伏見に対して、許せないとおもっていること。それをきちんと話したうえで、〝俺だったらこういう店にしたい!〟って、ちゃんと伝えたのかしら。そうでないなら、あなたはずっとひとりよがりの家出少年のままよ?」

< 177 / 233 >

この作品をシェア

pagetop