転生してスローライフを目指すはずが何故か竜騎士になっちゃった

 夏至祭の朝、何時もより早くローラとウィリーは夜が白みはじめた時から起きて、市で売る品物を馬車に積み始める。

 鹿の肉は解体して油紙にブロックごと包んで木箱に詰め込んであるし、ローラの野菜は何個かの手籠に山盛りになっていた。

 ハーブを食べさせた鶏の生んだ卵は、黄身が濃く風味も良い物になった。

 浅い木箱に籾殻を敷き詰めた上に卵は行儀よく並べられていた。

 乾燥ハーブは、手作りの紙袋に名前を書いて少量ずつ別けて入れたのが、箱にいっぱい用意してある。

 ユーリを起こすと、三人で慌ただしい朝食をとった。

 ウィリーが家畜の世話をしている間に、ローラは自分とユーリの身支度をしたり、昼食のお弁当をバスケットに詰めたりと目が舞うような忙しさだ。

 昨夜は湯浴みをし、ユーリのクルクルと落ち着きの無い金髪は何個かに分けて布でくくった甲斐があった。

 赤ちゃんの細い金髪は、綺麗な巻き髪になっていた。

「なんて、可愛いのでしょう」

 ウエディングドレスから切り取ったレースの飾りの付いた白い帽子から溢れ出た髪を綺麗に整えながら、ローラはこの子ほど可愛い赤ちゃんはいない! と親バカぶりを発揮する。

 納屋から帰ってきたウィリーは、若く美しい妻が質素な新しいドレスを着て、天使のような赤ん坊を抱っこしている姿に、幸福感がこみ上げてぼぉ~見とれてしまう。

「ウィリー、早く着替えて!」

 のんびりしたローラに催促されるという珍事態に、ウィリーはよそ行きの服と新しいシャツに一瞬で着替えた。

『ウィリー、ローラに急かされるなんて初めてじゃないか?
 今日は大変な事が起きるぞ! 真夏に雪が降るかもな……』

 からかうシルバーに蹴りを入れるふりをして留守番を頼むと、ローラとユーリを荷馬車の御者席に座わらせる。

 二人に薄い塵除けの膝掛けをかけた思いきや、ピシッと馬に鞭を軽く当てた。

『じゃあな』

 勢い良く走り出した荷馬車のたてる砂煙が見えなくなるまで見送ったシルバーは、ポーチに寝転び、先ほど軽口を叩いた自分の内面を探索する。

 シルバーは自分が普通の狼ではないのを自覚している。

 そして、ウィリー、ローラ、ユーリも普通の人間ではないのを知っている。

 軽口に紛らしていたが、何か普通では無い事が起こる予兆を感じたのではないか? と疑ったのだ。

 夏の朝、気持ちのいい風の吹き抜けるポーチで内省的な考えは似合わない。

 シルバーは毛皮をなでる風にうっとりと金色の目を閉じた。



 馬車は、田舎の丘陵地をうねうねと続く道を気持ち良さそうに走って行く。

 夏真っ盛りの畑には小麦、トウモロコシが順調に育ってるし、まだ開墾されていない野原には牛や羊が点々と思い思いに草を食べている。

 のどかな田園風景に、ぽつりぽつりと家が見えていたが、ユーリは何時もより早起きしたし朝食で満腹だったので、馬車に揺られて眠ってしまった。



 馬車が止まり、ローラの腕から馬車から降りたウィリーの手に渡された時に、ユーリは目を覚ました。

 生まれたてのユーリを恐る恐る抱いてた新米パパも、手慣れた手つきで片手でユーリを抱っこして、片手でローラが御者席から降りるのをエスコートする。

 ユーリはウィリーに抱かれたまま、辺りを見渡した。

 ここが町?

 町と言えないのでは?

 馬車から降りた目の前には、大きな集会場らしい建物が建っていた。

 その横の庭にブランコを吊した大きな木が目印になっている学校。

 大きな看板を掲げた商店が一軒。

 鍛冶屋らしい建物、普通の家が数軒立ち並んでいるだけだ。

『ど田舎!』

 この言葉が頭に浮かぶ。

 ただし、今朝の町は町外れの集会場の向こうの原っぱには十台余りの行商人達の荷馬車が連なって止めてある。

 近所の農家の荷馬車も各々売りにだすそれぞれ自慢の作物を並べて、夏至祭に相応しい賑やかさにあふれていた。

 それより外には、家畜の市が立っていた。

 いくつかの簡易に作られた柵には男達が鈴なりになって、セリに掛けられる牛、馬、羊、山羊を真剣に眺めている。

 ウィリーは、ローラにユーリを渡すと馬車を止めて来るから、先に入っておくようにと促した。

 ローラがユーリを抱いて、集会場の方に歩き出した時、後ろからアマリアと数人の主婦が声をかけた。

 ローラは知らない人ばかりの中に一人で入って行くのに少し緊張していたので、顔見知りの登場にほっと安堵する。

「ローラがもうじき来るだろうと待ってたのさ」

 ベテラン主婦のアマリアは、さっさと朝食を旦那に食べさせると、一番に市の良い場所に荷馬車を止めたのだ。

 他の主婦達も、朝早くから家族に朝食を食べさせ、一張羅の服に着替えてやって来た。

「ローラはヒースヒルの夏至祭に来るのは初めてじゃないかい?
 色々と地方によってやり方が違うかもしれないと思ってね、待ってたのさ」

 うろうろしてる子供達を引き連れて、皆でわいわいと集会場に入って行く。 

 集会場の中は半ば人で埋まっていたが、ここだよ! と近所のルーシーが前の方の席を確保してくれていた。

 今のところ座っているのは女、子供が多く、全員は座れないのでは? と小声で尋ねるローラにケラケラと主婦達は笑い返す。

「男どもはセリの下見から帰っちゃこないよ」

「本当に罰当たりなんだから。
 夏至祭のお説教なんか聞く気は初めから無いのさ」

「そりゃ、そんな事言わないさ。
 誰かが荷馬車の番をしなきゃならないとか言い繕ってるが、荷馬車を思い出すのは夏至祭の説教の終わりの鐘が鳴った時だね。
 あたふたと私らが荷馬車につく前に、御者席によじ登って、ずっと番をしてたふりをするのさ」

 ローラは明け透けな言葉に赤面して、ウィリーは来るのかしらと不安になった。

 別に夏至祭の説教を聞かないといけないとは考えて無いが、嘘や誤魔化しは嫌だった。

 旦那さんの嘘を知りつつも余裕綽々と転がしている、先輩達の逞しい姿にふっと溜め息を漏らしていたローラの横に、夏至祭の説教の始まりの鐘と同時にウィリーが滑り込んだ。

「馬車を止める場所がなかなか見つからなくて遅くなったんだ」

 走って来たので少し息を弾ませてるウィリーに、ローラは胸がキュンと締め付けられる。

 お互い顔を見とれ合ってる若い夫婦に苦笑しながら、長々しいシャープ牧師のお説教を聞いてるうちに、朝早かった農家の主婦達はうつらうつらと舟を漕ぎだす。

 ユーリはこの集会場が宗教施設だと察してから少し緊張していたが、何だか緩い感じに安心する。

 余り厳しい宗教だと、元々曖昧な宗教心しか持たない日本人の有里はちょっと苦手かもと心配していたのだ。

 説教の言葉はまだ全部はわからなかったが『自然の恵みに感謝』とか『日々の糧を与えてくれる自然に感謝し、健康に労働できる事にも感謝しましょう』と同じような言葉が繰り返されている。 

 シャープ牧師さんは気の良さそうなお爺ちゃんだけど、宗教的リーダーとしては問題あるかもと、ある意味ユーリが一番熱心な聞き手だったかもしれない夏至祭の説教はやっと終わった。

「カラン、カラン、カラン」

 鳴り響く鐘の音に驚いて目覚め、ここはどこだろうと見渡す強者もいたが、アマリア達は説教の最後辺りにちゃっかり目を覚ましていた。

 ベテラン主婦達は、すっくりと立ち上がると献金箱にお金を入れ、出口で見送るシャープ牧師さんにキチンと挨拶して足早に出て行った。

 まだお昼には早いが、朝早くご飯を食べたお腹はもう空いている。

 さっさとお弁当を家族に食べさせて、市で色んな品物を買ったり、売ったりとしなければならないので忙しい。

 お互いラブラブ視線を絡めていたウィリーとローラは出遅れて、集会場から出る長い列の後ろの方に並ぶ。

 やっと牧師に挨拶して出た頃には、サンドイッチなどで簡単に昼食を終えた人達が市へと向かっていた。

「皆、もう買い物を始めてるわ」

 少し焦っているローラに、行商人達は荷馬車いっぱいに品物を積んで来てるから、売り切れたりしないと宥めて、自分たちの馬車にたどり着く。

 しかし、ローラは地に足が着いてない状態で、ウィリーは溜め息をつく。

「私達は昼食を我慢できるが、ユーリは無理だろう」

 ウィリーの言葉に、ローラはハッと我に返った。

 ユーリのことを後回しにした自分の態度を反省して、ゆっくりとランチを食べ、持ってきた品物を売ってから、生活必需品を一番に買う。

 そして、最後に布の行商人の荷馬車に向かう。

 ちょうど家畜のセリが始まった時間で、人が少なくローラはゆっくりと布を選ぶ事ができた。

「赤い小花模様はワンピースに、青の毛織り物は冬のコートに良いわ」

 ウィリーは色とりどりの布に興奮しているローラを微笑ましく眺めたが、ユーリの物ばかりではなく自分の物も買うように勧める。

 私は着る物あるからと、遠慮するローラに、緑色に銀の枝が散っている布を当ててみせた。

 行商人の大きな姿見に写る姿と、なめらかな手触りにうっとりとしたローラだが、値段を見て驚いて返そうとする手をウィリーは止める。

「このくらい買わせてくれよ」

 ウィリーの言葉に、何か貴方も欲しい物を買うならと、ローラは本当は欲しいと思っていた布を手に入れた。




 盛り上がっていたセリも終わり、手早くランチを食べた人達は草の上に毛布を広げて三時のピクニックを始めた。

 ご近所さん同士で毛布に座って、買った物を見せ合いながら、ケーキやクッキーをつまみ、小さな炉をおこしてお茶も入れて、通り過ぎる知り合いをピクニックに引き込む。

 もちろん、ウィリーとローラも引っぱり込まれた。

 一日中抱っこされてたユーリは、草の上で自由になってご機嫌だ。

 大人達は毛布に座ってお茶を飲みながら、市での成果を自慢しあい、子供達は周りの草原で追いかけっこをして遊ぶ。

 平和な夏至祭の終わりに相応しい風景は突然の突風に乱された。

 きゅいぃ~ぃん~ 

 上空からの冷たい突風と大きな鳴き声に顔を伏せていた人々は、上空を舞う竜を指差す。

「竜だぁ!」

「竜騎士だぁ!」

 子供達は飛び上がって喜び、男の子達は特に興奮して竜が去って行った方向に走り出す。

『竜! 絶対、地球じゃない!』

 ユーリは竜が去った空を見ながらクラクラして、赤ん坊の特権で泣き出した。

「初めて竜を見て驚いたんだね!」

「大丈夫だよ! 竜と竜騎士は国を守ってくれてるんだよ」

 近所の主婦達に抱き上げられ、あやされながら、ユーリは何でパパとママは抱っこしてくれないんだろうと不思議に思う。 

 何時もなら、ユーリが一声泣くか泣かないかのうちに抱きしめてくれるのに。

 ウィリーとローラは竜を見て、さっと顔色を変え二人でしっかりと抱きしめ合う。

 不安そうに見上げるローラに、大丈夫だよとウィリーは微笑み返した。
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