拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~
32.ピクニックに繰り出しまして。
「デートをしましょう、フィアナさん」
ある日、まるで議会に提言を上げるような真剣さで、両手を顔の前で組みつつエリアスがそのように切り出した。
ちょうど空いた皿を片付けようと身を乗り出していたフィアナは、その姿勢のまま「はあ」と間の抜けた返事をした。
「いいですけど、なんでまた急に」
「今週末、お休みがとれました」
にこにこと答えるエリアスに、やっぱりなとフィアナは内心頷く。お店が混雑する時間帯を外せば自由が利くフィアナとは違い、登城して政務にあたるエリアスは店に顔を出す夜しか時間が取れない。だからデートに行くとしたら、彼のお休みに合わせるしかないのだが。
「せっかくのお休み、無理しなくてもいいですよ。顔だけなら毎日見ているわけですし」
あえてフィアナはそっけなく返す。
スパイス騒動で10日間休んだり、パーティに呼ばれて遅くまで仕事ができなかったりした反動だろう。このところエリアスは忙しそうにしている。先だっての安息日も、たしか登城をして仕事をしていたはずだ。
だからこそ疲れているであろうエリアスを気遣い、フィアナはそう答えたのだが。
「顔を合わせているだけじゃ嫌なんです。私はもっと、フィアナさんといちゃいちゃラブラブしたいんですっ」
「い、いちゃっ!?」
欲望に率直に駄々を捏ねるエリアスに、フィアナはぎょっとしてほかの誰にも聞かれていないかキョロキョロと周囲を見渡した。
だが、そんなフィアナの慌てようをあざ笑うように、エリアスのすぐ横から不穏な手がにょきりと伸びた。
「……おい、おっさん。いまなんか、寝言いったか?」
「ほら。お店だとすぐに、小姑に邪魔されますし。あとマルス君。私はおっさんじゃありません。お兄さんと呼んでください」
隣から肩を掴んで睨むマルスを指さし、エリアスが唇を尖らせる。
ここ最近はマルスも、しばしば夜の時間帯にも顔を出してくれるようになった。彼曰く「おっさんが暴走してフィアナに変なことをしないか見張るため」ということだが、真意のほどは定かではない。
「だから、ね、フィアナさん。デートしましょ、デート。一緒にお出かけしたいんです」
誰が小姑だと騒ぐマルスを華麗にスル―して、両手で頬杖をついたエリアスがうきうきとフィアナを見上げる。そうしていると、三角耳がぴんと立ち、しっぽがぶんぶん振られているのが見えるような気がしてくるから不思議だ。
どうにも、こういう風にエリアスに期待をされるとフィアナは弱い。我ながら随分と彼に甘い。そんな風に呆れながらも、最終的にフィアナは頷いたのだった。
そして週末。ふたりは王都郊外にある小高い丘にいた。
「んー! 綺麗な青空です。絶好のハイキング日和ですねえ」
晴れやかに言って、エリアスは大きく伸びをする。
この辺りは、王都の人々に人気のハイキングコースだ。より奥まったところにある森とは違い、緑道は綺麗に整備をされて歩きやすく、加えて危険な動物も姿を見せないことから、四季折々の変化を気軽に楽しめる絶好のスポットとなっている。
フィアナももちろん、この場所は好きだ。季節の花をめでることが出来るし、緩やかな坂を上った先にある丘から見下ろす王都の景色は新鮮で面白い。何より、のんびりと緑道を歩くのは開放感があって、とても心地いいのだ。
けれども。
「エリアスさん、本当に大丈夫なんですか? ハイキングって、アクティブ中のアクティブじゃないですか。割と体ボロボロなんですし、あんまり無理しない方が……」
「……フィアナさーん? 私、フィアナさんにおっさん扱いされたら、泣いちゃいますよ。ぼろぼろのポロポロに泣いちゃいますからね?」
肩に回した革袋のひもを握りしめ、エリアスが怯える。それに嘆息して、フィアナはエリアスの顔を覗き込んで睨んだ。
「いえ。おっさんとかお兄さんとか、そういう話じゃなくてですね」
「フィアナさんは本当、優しいですね」
くすりと笑みをこぼし、彼の大きな手がフィアナの頭をくしゃりと撫でた。ぱちくりと瞬きをするフィアナに、エリアスは愛おしげに目を細めていた。
「大丈夫ですよ。私の元気の源は、フィアナさんです。貴女の笑顔を見ていたら、無限に元気が湧いてくるんです。だから笑って、私の天使さま」
そう言って、彼は嬉しそうに破顔した。
「次はピクニック。そう、約束しましたもんね」
革ひもに通してぶら下げたハリネズミのキーホルダーが、応えるように揺れる。同じように、リボンにとおしてキーホルダーを括りつけたバスケットの持ち手をぎゅっと握り、フィアナは照れ隠しに目を逸らした。
(エリアスさん、覚えていてくれたんだ)
かわした約束は、正確には「みんなで」ピクニックをしようという内容だったのだ。だが、この際細かいことは関係ない。というより、突っ込み役であるはずのフィアナが、エリアスと二人で来られたことを喜んでしまっているのでどうしようもないのだ。
と、そのようにフィアナが照れていると、エリアスが素早くフィアナのバスケットを取り上げた。
「さあ、行きましょう! 荷物は私に任せてください」
「あ! いいですって! それは私が持ちます! 重いですから!」
「これくらいへっちゃらですっ。しかし確かに、見た目に反してぎっしり入っている感じがしますね。フィアナさん、何を持ってきたのですか?」
軽々と持ちつつも、エリアスが不思議そうな顔でバスケットを見下ろす。改めて指摘され、フィアナはかぁぁぁっと顔を赤らめた。そして、ぽそぽそと小さな声で答えた。
「お、お弁当を……。その。少し張り切って作りすぎました」
エリアスはしばし、ぽかんと立ち尽くした。だが、次の瞬間ばっとバスケットに視線をやり、続いてもう一度フィアナに勢いよく顔を向けた。
それから彼は、冷めた目で見守るフィアナをよそに、ふるふると感動に打ち震えつつ静かに正座をし、供物を捧げ持つように恭しくバスケットを掲げた。
淡々と、フィアナは尋ねた。
「一応聞きます。何しているんですか」
「――聖なる糧を神に捧げています」
「私たちのお昼だって言っているじゃないですか。勝手に捧げないでください」
ぽろぽろと涙をこぼしながら「うっ」と声を詰まらせるエリアスを、とことん呆れた顔でフィアナは見上げる。待っているのも馬鹿らしくて、フィアナはすたすたと歩き始めた。
「わーい。どんな花が咲いているか、楽しみですねー」
「はっ。フィアナさんがついに、ひどい棒読みに!? そして置いていかないでくださーい、フィアナさーん!!」
そんなこんなで、二人はハイキングへと繰り出したのだった。