拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~
36.お見舞いデートと主張されまして。
「ようこそいらっしゃいました、シャルツ国王陛下」
シャルツがドアベルを鳴らすと、中から現れた紳士が恭しく頭を下げた。少々厳格そうな雰囲気の漂う彼は、この屋敷の使用人頭だということだ。名はダウスというその人に、シャルツは気さくに手を挙げた。
「よっ、ダウスじい。そんなに畏まんないでよ、一応お忍びで来てるんだしさ。それでエリアスの様子はどうかな」
「先ほどまでお医者様がいらしていて、風邪をこじらせただけでしょうということでした。しかし、熱が高うございますので、お会いするのは難しいかと」
「そうか。じゃあ、これ土産。あいつが目を覚ましたら、食わせてやってくれ。栄養は取ったほうがいいだろ」
「痛み入ります」
ひょいと渡したフルーツの盛り合わせを、ダウスが恭しく受け取る。それからシャルツは、ぽんとフィアナの背中を押した。
「それと、俺は別として、この子は会わせてやってくれる? この子の顔を見た方が、あいつは元気が出るだろうからさ」
「失礼ですが、こちらは……」
怪訝そうな顔で、ダウスはフィアナを見る。眉間にくっきりと刻まれた皺に若干気後れをしつつ、フィアナはペコリと頭を下げる。
「私、フィアナと言います。エリアスさんが常連で来てくださっている、グレダの酒場という店の娘です」
「で、あいつの大事な子。ダウスじいも聞いているでしょ?」
「ちょ、ちょっと、シャルツ陛下……!」
「なんでよ。隠すようなことじゃないでしょ。それにじいは知っているんじゃない? 毎日店まで迎えの馬車を出しているんだしさ」
確かにシャルツの言う通りではある。これだけ毎夜熱心に店に通い、加えて最近はデートにも出かけている。使用人頭であるダウスなら、事情も知っていそうなものだ。
案の定、ダウスは頷いた。――ただし、眉間の皺はさらに深くなった。
「伺っております。しかし、そうですか。あなたがエリアス様の……」
「は、はい」
「ほお。ほーお。ほお」
何度も頷きつつ、じろじろと値踏みするような目を向けるダウスに、フィアナは身を縮こまらせた。なぜだろう。フィアナがエリアスの彼女だとわかった後の方が、ダウスの目が鋭くなった気がする。
「これはこれは……素敵なお嬢様で」
(表情と顔がぜんっぜん噛み合っていないんですが!?)
じろりと睨むように顔を覗きこまれ、フィアナはますます竦みあがった。そんな彼女の肩にぽんと手を置いて、シャルツが助け舟を出す。
「ストップ、ストーップ。フィアナちゃんに興味津々なのはわかるけど、怯えさせちゃダメだって。というわけだから、悪いけどこの子を案内してあげてもらえるかな。お願い?」
「大変失礼いたしました」
断るかと思いきや、ダウスはすっと胸に手を置く。――まあ、よく考えれば、見たところ馴染みの仲とはいえ一国の王であるシャルツの「お願い」を、ダウスがよほどの理由もなしに断るわけもないのだが。
ダウスは軽く頭を下げると、屋敷のなかを手で指し示した。
「ご案内いたします、フィアナ様。シャルツ陛下もどうぞ中へ。お茶をご用意いたします」
「悪いね。行くよ、子猫ちゃん」
「は、はい!」
シャルツに促され、フィアナは慌ててダウスの後を追った。
「……あれ? ふぃあなさん?」
扉の開く音で気づいたのだろう。フィアナが部屋に入ると、ベッドの膨らみがもぞもぞと動いて、エリアスが少しだけ顔をのぞかせる。そして、ふにゃりと力なく微笑んだ。
「わぁー。ほんもののふぃあなさんですー」
「わわっ、ダメですって、寝ててください!」
熱のためか、ベッドの中から飛んでくる声には力がなく、舌足らずだ。それでも起き上がろうとする彼を宥めて、フィアナは慌ててベッドに近づいた。
「ダメじゃないですか、ちゃんと寝てなくちゃ。……って、起こしちゃったの私ですよね。すみません」
「ふぃあなさん……ゆめじゃないんですね……。ゆめのなかでも、たーくさんふぃあなさんをぎゅってしましたが……ほんとうに来てくれたんですね……」
「熱出しててもその辺はぶれませんね」
苦笑しつつ、フィアナはベッド横の椅子に座る。ぼんやりとこちらを見上げる顔は熱のため赤く、心なしかジョークのキレもいつもより弱い。さすがの彼も、風邪にダメージを受けて弱っているのだろう。
と思いきや、フィアナが傍らに来た途端、エリアスはベッドの中で目をきらきらと輝かせた。
「これ、おみまいでーと、ですね。つきあったらしてみたいことベスト3の、3番目くらいのやつですよね」
「……自分が病人なの、わかってます? はしゃぐなら帰っちゃいますよ?」
「いやです。しずかにします」
すげなく言うと、すぐにエリアスはふとんを引き上げて、おとなしく寝ていますアピール。けれども、フィアナが近くにいるのが嬉しいのは本当らしく、とろんとした目でフィアナを見上げたまま安心したように目を細めた。
「しゃるつ様ですか? ふぃあなさんを連れてきてくれたのは」
「そうですけど、よくわかりましたね」
「あのかたのやりそうなことです」
ふふっと笑みを漏らし、「かんしゃ、しなければいけませんね」とエリアスは呟いた。その表情はいつもよりほんの少し彼を幼く見せて、フィアナはついドキリと胸を高鳴らせた。
「……そっ、そういえば、エリアスさんが目を覚ましたら教えてほしいって、ダウスさんに言われていたんでした」
かたんと立ち上がったフィアナに、エリアスは首を傾げる。
「だうすにですか?」
「お昼、まだ食べていないんですってね。おかゆを用意してあるんだそうです。声を掛けたら持ってきてくださるようですので、ちょっとダウスさんのところに行ってきますね」
そう言って、フィアナはくるりと扉に足を向けた。――否、向けようとした。
けれども立ち去ろうとしたフィアナの手を、エリアスが掴んだ。
「……あれ?」
彼自身、意識して出た行動ではなかったのだろう。エリアスは不思議そうに、フィアナの手を掴んだ自分の手を見つめている。
なかなか放そうとしないエリアスに、フィアナは宥めるように笑いかけた。
「大丈夫ですよ。ダウスさんを呼んだら戻ってきますから」
「そう、ですよね。すみません、わたしったら」
困ったように笑って、エリアスが手を離す。
さすがのエリアスさんも、風邪で弱気になっているのかな。そんな風に思いながら、フィアナはダウスを呼ぶために小走りで急いだのだった。