拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~
44.センチメンタルな誕生日でして。
「ハッピーバースデー!」
とある夏の夜。グレダの酒場に、常連客を中心に明るい声が響いた。
「ありがとうございます、皆さん」
サプライズを仕掛けられたフィアナは、まだ驚きに目を丸くしつつ、笑顔で頭を下げる。嬉しそうに頬を染めて顔を上げたフィアナに、居合わせた常連以外のお客たちもやんやと声を掛けた。
「おめでとう、お嬢ちゃん!」
「照れた顔も可愛いよ!」
「お祝いに、お酒をもう一杯!」
「はいはい、ただいまー!」
最後の注文は、カーラがきっちり受けてビールを運ぶ。そんなこんなで、店内がわいわいと盛り上がるなか、フィアナはメインの仕掛人である3人――マルス、キュリオ、ニースという、いつものメンバーのもとへ駆け戻った。
「こんなにたくさんの方に誕生日をお祝いしてもらったの、初めてです! それに、今年もニースさんのアップルパイがもらえて、夢みたいっ」
「おうおう、喜べ、喜べ! 今年も最高の出来だと保証するぜ。ココルベーカリーが腕によりをかけてつくった、スペシャルなアップルパイだからな」
鼻の下をこすって、ニースが胸を張る。アップルパイが好きなフィアナのために、毎年、通常版よりリンゴましまし、クリームもましましな「お誕生日用スペシャルパイ」を作ってきてくれるのだ。
そんな得意げなニースに、こちらもほろ酔いで機嫌の良さそうなキュリオが、毎年お決まりの問いかけを投げる。
「さあて、ニースの旦那! 今年のアップルパイの出来を一言で表現するなら、ずばりなんしょう!?」
「そうだな。100年に一度の傑作、とでも言おうか」
「いやーん! 想像しただけで涎がこぼれちゃう!」
きりっと決め顔を作りつつ、渋い声で答えるニースと、頬を押さえてきゃあきゃあと騒ぐキュリオ。そんな二人の隣で、マルスは呆れたように顔をしかめた。
「親父……。去年は『過去にない奇跡の出来』、とか言っていただろ。どうすんだよ。毎年ハードル上げまくりすぎだろ」
「いいじゃねえか、間違いなく旨いんだから」
「そーよ、そーよ。美味しいは正義なのよ!」
「そういう話じゃなくて……。ああ、もういいや。めんどくさい、酔っ払い」
ぶうぶうと文句をたれる大人ふたりに、マルスはますます渋い顔で頭を抱える。そんな彼の肩をぐいとつかんで、キュリオは嬉しそうにVサインをした。
「ちなみに、ちなみにー! ハンカチを選んだのは私とマルスちゃん! どうどう? ネコちゃんの刺繍が、フィアナちゃんっぽいなと思ったの! すっごく可愛いでしょ?」
「はい! 使うのがもったいないくらいです!」
ハンカチを胸に抱いて、フィアナは笑み崩れる。実際、袋から出したときは、あまりの可愛さに歓声を上げてしまったくらいだ。
嬉しそうに声を弾ませるフィアナに、マルスがこっそりと優しく微笑む。その隣で、ニースも感慨深そうに腕を組んだ。
「しっかし、フィアナもでかくなったよなあ。毎年祝っちゃいるが、改めて年齢を考えると、早いもんだと驚かされるな」
「ほんとねえ。私も年を取るわけだわ」
しみじみと、キュリオも頷いた。
この3人に誕生日を祝ってもらうのは、もう何度目になるだろうか。昼の時間帯か、夜の時間帯かの差はあれども、もうずいぶん前、たしかフィアナが店の手伝いを始めた10歳くらいの頃から、こうやって誕生日にお祝いをしてもらっているのだ。
とはいえ、今年のお祝いは、ちょっぴり特別だった。
去年まではカウンターに座る3人がこっそり祝ってくれていただけだ。しかし、今年はなんと、ほかの常連客を巻き込んでお祝いしてくれたのだ。3人の合図で常連客たちが誕生日ソングを大合唱し、恥ずかしいやら嬉しいやらでフィアナが真っ赤になるなか、プレゼントを渡してくれた。
なぜ、今年は盛大にお祝いしてくれたのか。その理由は、ちょっと考えれば――いや。考えずとも、数週間ずっと空席となってしまっているカウンター席を見れば、わかることだ。
事実、マルスたちが仕掛けてくれたサプライズがなければ、フィアナは今日、心から笑うことが出来ずに一日を終えてしまっていたことだろう。
「ニースさん、キュリオさん、マルス。本当に……、本当に、ありがとうございます」
改めてフィアナが頭を下げれば、三人は顔を見合わせて苦笑した。そんななか、キュリオがカウンターに頬杖をついて、代表して口を開いた。
「ねえ、フィアナちゃん。エリアスちゃんとはちょっと意味合いが違うけど……私たちもフィアナちゃんが大好きなの。だから、特別な日には、特別な笑顔でいて欲しい。それだけのことよ?」
キュリオの言葉に、ニースも大きく頷いた。
「おうよ! 今日の主役はお前だ、フィアナ! だから堂々と笑ってろ。そのほうが、主役らしくていいや」
「はいっ!」
フィアナは両手を握りしめて、元気に返事をする。それに安心したように微笑んでから、キュリオは大きくため息を吐いた。
「だけど、エリアスちゃんも馬鹿よねえ。記憶を忘れたまま、顔を合わせるのは申し訳ない。まあ、気持ちとしてはわからなくもないけど、今日も来ないなんて。誕生日なのよ? 来ればいいじゃない、お祝いなんだから」
「本当だよな。そういえば、マルス。お前、この間の安息日もエリアスの屋敷に行ったんだろ? あいつの調子はどうなんだよ」
「ば、親父、言うなって!」
「そうなの、マルス?」
知らなかったフィアナが、目を丸くしてマルスを見る。マルスはちょっぴり気まずそうに、「隠していたわけじゃないんだけどさ」と首の後ろを掻いた。
「少しでも刺激があった方がおっさんの記憶が戻るんじゃないかって、会いに行ってたんだ。おっさんはなかなか、こっちに来づらいみたいだったし。黙っててごめん」
「そうだったんだ……。ううん。ありがとう、マルス」
「ん」
フィアナが微笑みかけると、マルスは小さく頷いた。
「それでそれで? 最近はどう? 少しはエリアスちゃん、もとに戻ったの?」
「……いいや。相変わらずだな」
「そうなの~? あーあ」
マルスの答えを聞いて、キュリオがカウンターに崩れ落ちる。
「待っているしかないってのはもどかしいわねえ! もう、飲まなきゃやってらんないわ。ニース、乾杯よ。乾杯しましょ!」
「おうよ、任せとけ!」
ぐいと身を乗り出したキュリオに、ニースものりのりで返す。酒豪ふたりが酒盛りに走るなか、一人だけ素面のマルスはフィアナを見上げた。