拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~
57.根掘り葉掘り聞かれまして。
エリアスとの初めての旅行から戻った翌々日。フィアナは、王都にあるマダム・キュリオの仕立て屋の扉を開けていた。
「あら! いらっしゃーい、フィアナちゃん!」
カランとベルが鳴り、奥の部屋からキュリオが顔を出す。目を丸くしつつ、嬉しそうに笑顔を向けるキュリオに、フィアナはぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、キュリオさん。お邪魔じゃないですか?」
「ぜーんぜん! 今はお客さんも来てないし! それよりどうしたの?」
「スカイリークのお土産持ってきました。キュリオさん、今週は忙しくてお店来られないかもってニースさんに聞いたから」
「あら、スカイリークのバタークッキー? 私、大好きなの! わざわざ、ありがとう~」
小走りに出てきたキュリオは、目を輝かせて包みを受け取る。その肩に糸くずが何本かついているのに、フィアナは気づいた。よく見たら、いつもオシャレに決めている彼にしては珍しく、ぴょこんと寝ぐせがついている。よほど仕事が立て込んでいるんだろう。
長居をしては悪いだろう。そう思ったフィアナは、扉に手を掛けた。
「それじゃあ、私帰ります。無理しすぎないでくださいね」
「ああ、待ってまって、フィアナちゃん! ちょうど休憩しようかと思っていたの。せっかくだし付き合ってくれない? お茶でも淹れるわよ」
「それで、どうだった? エリアスちゃんとの旅行は」
ことりと紅茶を置いて、キュリオが頬杖を突く。キラキラと光が飛びそうな満面の笑みを向けられて、フィアナはうっと息を詰まらせた。ややあって、フィアナはティーカップを手にすっと目を逸らした。
「楽しかったですよ。湖は綺麗でしたし、空気も澄んでて気持ちよかったですし」
「うわぁい。ものすっごく、外枠から話し始めたわね」
「別荘からの眺めも最高でしたし、エリアスさんの昔話なんかも色々聞けて」
「うんうん。それから、それから?」
「そうだ、ドレス。あれ、キュリオさんが仕立ててくれたんですよね? 体にぴったりでした、ありがとうございます」
「あったり前でしょ、私を誰だと思ってるの! って、ドレスの感想も気になるけど、そっちは後でたっぷりと聞くから~っ」
我慢しきれないというように、両手を握りしめてキュリオがうずうずと体を震わせる。観念したフィアナは、ぐびりと紅茶を飲んでからタンッとカップを置いた。
「それから、エリアスさんにプロポーズされました!!」
「きゃぁあぁぁぁあッッ!! いっやぁあぁぁん、おめでとぉぉおぉぉ!!!」
途端に黄色い奇声を上げるキュリオに、フィアナは居心地悪く身を縮める。だが、一度上がったキュリオのテンションは留まるところを知らない。
「あら~ぁ、ついに、ついに!! ていうか、私、フィアナちゃんがお店に入ってすぐわかっちゃったもんね~。だってココ! ちゃあんと愛の薔薇が咲いてるんだもの!」
「め、めざとい……!」
「そりゃあね、もちろんチェックしますとも! あのエリアスちゃんが、せっかくの旅行で何もしかけないわけがないしっ」
にまにまと表情を緩ませてから、彼は探るような目をフィアナに向けた。
「それで~? 指輪、ちゃんと指にはめてるってことは、フィアナちゃんもOKしたってことね?? さぞ、あっまい時間を過ごしたんじゃなーい?」
「そ、そんなことは……」
目を泳がせた瞬間、ふと蘇ってしまった。
朝露に湿る、木々の緑の香り。ふわりと舞うレースのカーテン。白いシーツの、滑らかな肌触り。触れてしまいそうなほど近くにある、エリアスの美しい寝顔。
〝んっ……〟
吐息を漏らして、瞼がゆっくりと開く。覗いたアイスブルーの瞳はまだ眠そうだ。それでもフィアナを見つけた途端、彼は蕩けるように微笑む。けだるげな色気を纏う彼は、それから、優しくフィアナを抱き寄せて――。
(み、みぎゅわぁぁぁあぁぁぁああああ!!!)
羞恥に震え、フィアナが机の上に崩れ落ちる。そこから何かを察したのか、キュリオはティーカップを手にほのぼのと遠い目をした。
「……あぁー、詳しく聞きたい。根掘り葉掘り、詳しく聞きたいわぁ。けど、聞いちゃったが最後、私の保護者としてのハートがくだけちゃいそう~」
「っ、ちが! これは、別にちょっと動揺しちゃっただけで……!」
「いいのよー、私相手に誤魔化さなくて。ああ、けど、ベクターの前では普通でいてあげてね。愛娘にそんな風に恥じらわれたら、メンタルがめったんめったんのぎったんぎったんになっちゃうだろうからっ」
「~~~~~っ」
声にならない悲鳴を上げて、フィアナはぱっと両手で顔を覆う。そうやって悶える姿に生暖かい視線を送りながら、キュリオはのんびりと紅茶を啜ったのだった。