拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~

70.日はまた昇りまして。




 翌日――。

 
「あ、フィアナー!」

 お使いから戻ったフィアナは、奥のテーブルからこちらに手を振る二人を見て、ぱっと顔を輝かせた。

「サラさん! ルーナさん! 来てくれてたんですね」

「来ちゃったっ。元気にしてた?」

「おかえりなさいです、フィアナさん!」

 プリンを食べて寛ぐサラと、その横で嬉しそうに頭を下げるルーナ。ギルベール家で開かれた茶会のあと、こうしてたまに、二人が店に来てくれるようになったのだ。

 家族でも来たことがあるルーナは別として、生粋のお嬢様育ちのサラの舌に合うだろうか。初めこそそんな心配もしたものだが、すぐに杞憂に終わった。今ではすっかり、グレダの酒場のファンだ。

 そんな二人と会うのは、エリアスの宰相復帰作戦のため協力をお願いして以来である。

「お二人とも、この間は助けていただきありがとうございました」

「いいの、いいの。私も、『氷の宰相と春のエンジェル』をたくさんの人に布教できて満足だったし」

「私も、たくさんの萌えアイディアをいただけて感激でした……っ」

 両手を合わせてきらきらと瞳を輝かせるルーナに、フィアナは苦笑するしかない。実際、執筆に興じているときの彼女はノリにノッていて、大層幸せそうだった。その小説のおかげで諸々上手くいったので、ありがたい限りではあるが。

「それで、それで? 昨日、ルーヴェルト様のお父様とお会いしたのでしょう? うまくいったの?」

 待ちきれないといった様子でサラが身を乗り出し、隣でルーナもうんうんと頷く。あらかじめ二人には話しておいたので、気になって駆けつけてくれたらしい。

 敢えてしばらく間をおいてから、フィアナはぐっと親指を立てた。

「おかげさまで! ばっちり結婚を認めていただけました!」

「きゃあぁぁぁあああぁぁあ!! やった、やったわーーー!!」

「やっぱり公式は正義!! 公式は正義ですわ~~~~っ!!!!」

 ルーナとサラは、手を取り合って黄色い悲鳴を上げる。相変わらず飛び交う単語が暗号めいていてさっぱりわからないフィアナだが、二人が全力で祝福してくれていることだけはなんとなくわかった。

 きゃあきゃあと喜びを分かち合う二人に、フィアナはぺこりと頭を下げる。

「というわけですので、今後エリアスさんにくっついて色々顔を出すと思います。そのときは、どうぞよろしくお願いします」

「やだわ、水臭いんだから。友達なんだから当たり前でしょ?」

「はい! たとえフィアナさんがルーヴェルト様と駆け落ちすることになっていたとしても、私たちの絆は絶対です!」

「駆け落ちはさすがにしなかった……と、思いますよ?」

 断言しようとして、フィアナは途中から微妙な顔をした。フィアナとの結婚が認められないと知るや、潔く辞表を突き付けてきたエリアスである。万が一にっちもさっちもいかない状況に追い込まれたら、駆け落ちだってしたかもしれない。いいや、した。絶対に。

 そうならなくてよかった。心底胸を撫でおろしていると、サラが頬杖をついてゆらゆらと体を揺らした。

「いーな、いーな。私も、道端で理想の王子様を運命的に拾ってみたいわっ」

「私が言うのもなんですけど、道に落ちてるひと拾うの結構ハードル高いですよ……? 場合によっては要注意ですからね?」

「わ、私も……、素敵な殿方を、拾ってみたいです……」

「ルーナさんまで!?」

 そんな風に女子三人で盛り上がっている最中、からんとベルが鳴って店の戸が開いた。

「よぉーっす。まだランチいけるか……って、悪い。取り込み中か?」

「あ、マルス」

 顔を覗かせた幼馴染に、フィアナは反射的に立ち上がりかけた。だが次の瞬間、両脇からガッと勢いよく腕を掴まれる。椅子に引き戻されたフィアナは、サラとルーナの両方からひそひそと詰め寄られた。

「フィアナ、フィアナ~!? 誰なの、あの爽やかイケメンボーイは!?」

「へ!? 爽やかイケメンボーイって!? マルスのこと!?」

「さすがリアルエンジェル・フィアナさんです……。新たな萌えの気配が、ぷんぷんします……っ!」

「ルーナさんはルーナさんで、何を言ってるの!?」

 フィアナをよそに、サラとルーナはすくりと立ち上がる。何事かとマルスも身構えるなか、令嬢とはかくやあらんとお手本になるような笑みを浮かべて、二人は自分たちのテーブルの空き席を指し示す。

「はじめまして、マルス様」

(わたくし)たち、フィアナさんの友人ですの」

「「よかったら、ご一緒させていただけませんか?」」



 ――ほぼ同じ頃、エリアスはシャルツ王の執務室を訪れていた。

(まったく……。父上がついていながら、どうしてこうなりますかね我が君は)

 すぐ戻る、執務室で待て。王からの使いにそのように伝えられ、一足先に執務室に通されたエリアスだが、荒ぶる惨状に思わず口をへの字に曲げる。

 一山も二山も積み上がった未処理の書類に、何やら調べ物をするために引っ張りだしてきたと見られる過去の資料の有象無象。努力しようとしたことは認めるが、残念ながらうまく回ってはいなかったことが窺える。

 そんな風に、まるで嵐の駆け抜けた後のような部屋を眺めていると、勢いよく背後の扉が開いた。

「エリアス!」

 飛び込んできたのはシャルツだった。こちらから訪ねておいてなんだが、あまりに必死な親友の表情に、エリアスはきょとんと瞬きをする。

 うっかり全速力で駆け込んでしまったのが気恥ずかしかったのだろう。シャルツはこほんと咳払いをすると、不自然に腕を組んだ。

「こんなところに入られては困るな。お前はもう、一般人だろう」

「それ言っちゃいます? 部屋に私を招き入れたのは貴方でしょうが」

「うっかりその辺の資料を覗くなよ。国家機密が洩れたら困る」

「そういうセリフは、一人前に仕事を捌いてから言ってください」

「うるせえ」

 べっと舌を出して、シャルツがそっぽを向く。だが、そんな子供じみた仕草の一瞬後、王はついと瞼を伏せた。

「……いいタイミングだと思ったんだがな。お前を解放してやる、いい機会だって」

 エリアスは反射的にぴくりと眉を動かしたが、内心驚いてはいなかった。

 悪戯好きで、お祭り好き。たしかに阿呆なところもある男だが、決して考えなしではない。それどころかとっさの機転は回る方だ。

 だからあの日、急に梯子を外された理由。少し頭を冷やせば、自ずとそれは見えてくる。

「恩情にのっとり、このままとんずらするのも手ではありますが」

 やれやれと首を振って、エリアスは長い息を吐きだす。すっかり吐き出したとき、彼の口元には自然と笑みが浮かんでいた。

「さて。私は宰相に戻ってもいいかな?なんて思ってますけど、シャルツは私に手伝って欲しいですか? どうですか?」

「えぇーっ。そこはお前、『宰相に戻してください、お願いします』って頭を下げるところだろ? 俺の愛伝わんなかった? 空気読んでくれてもよくない?」

「いやいや。なにせ私、辞表出してますし。辞表出しといて自分から戻りたいとか、そんな面の皮の厚い事言えませんし。……残念ですねえ。お声がけいただけないなら、私はすごすごとお城を出て行くしか」

「お願いします」

 エリアスが言い終わるより先に、シャルツの声が重なる。はたとしてそちらを見れば、表情が窺えないほど深く頭を下げた王の姿があった。

「やはり俺にはお前が必要だ。戻ってきて欲しい、切実に」

「……素直でよろしいっ」

 鷹揚に頷いてから、エリアスは改めて執務室を見渡した。

 散らかった資料に、サイン待ちの書類たち。復帰早々、さっそく忙しくなりそうだ。

 ぱんっと手を打ち鳴らして、エリアスは不敵にほほ笑んだ。

「そうと決まれば、さっそく手を動かしますよ。まずは片付けです。あーもう。貴方なんで、こんな状態で仕事できるんですか。部屋のとっちらかり具合が、そのまま仕事の惨状を示してますよ。なにがどうしたら、こんなに荒れるんですか」

「あ、待てコラ、エリアス! 無造作に触るな! どこまで手を付けていたのか、わかんなくなっちまうだろ?」

「どのみちわかっていないでしょう、貴方のことですから。……うわ。これ、なんです? 筋トレ道具を執務室に持ち込むなと、あれほど言いましたよね?」

「うるせーなー。ダンベル持っていたほうがデスク仕事も捗るんだよ!」

「そういうセリフは捗ってから言いなさい!」

 ぎゃあぎゃあと言いあいながら、王と宰相は散らかった部屋を片付ける。


 これで何もかも元通り――、

 いや。

 これもある意味、新しい日常の始まりなのである。
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