拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~
71.拾った宰相閣下に溺愛されまして。
「ああん! 本気でエリアスちゃんのこと狙ってたのにぃ! 宰相に戻っちゃうなんて、仕立て屋に引き抜くって私の夢はどうなっちゃうの~!」
とある夜のグレダの酒場のカウンターにて。
ロックグラスを片手に、悔しげに管を巻くのはキュリオだ。その隣に連なるのは、もちろんエリアスとニース。いつもの酒場の、いつもの見慣れた光景だ。
エグエグと悔し涙を流すキュリオに、ニースは呆れた目を向けた。
「お前なあ! エリアスが辞めたって言ったときは、真っ青になって悲鳴上げてたじゃねえか。ゲンキンな奴だなあ!」
「すみません、キュリオさん。お仕事体験、ありがとうございました」
申し訳なさそうに苦笑をしてから、エリアスはぽんと胸を叩く。
「でも私、夢は変えてませんから! いつか身を引けるときがきたら、宰相を辞めてフィアナさんとつつましく暮らすんです。もし予定が早まることがあれば、その時こそ私を雇っていただけますか?」
「言ったわね!! 約束よ? 絶対に絶対に、約束なんだからっっっ!」
あーんと、キュリオが机に突っ伏して泣き声を上げる。その横でくすりと笑ってから、エリアスはのんびりと――幸せそうに目を細めた。
「……お二人とも。これからも、私と仲良くしてくださいね」
「はあ?」
「なによ、急に改まっちゃって」
訝しげに目を向けるニースとキュリオに、エリアスは「いえ」と肩を竦めた。
「この場所と、この時間が好きだなあと。改めてそう思った次第です」
いつか愛しい人と二人、湖の見える小さな町で。その野望は消えていない。
けれども、その日まで――この国に住む人たちのためにやりたいことがあるうちは、この場所で踏ん張ろう。ともに飲み、ともに食い。ともに笑い、ともに泣く。愛しい人と、愛しい友と。そうやってまた、日々を一歩づつ頑張っていこう。
軽やかに微笑み、エリアスは懐に手を差し入れた。
「私たちの末永い友情を願って……と、言うといささか大袈裟ですが、お二人に招待状です」
「ん? なんだ、これ?」
「ちょ、まさかこれって……!?」
「その、まさかです」
大きく頷き、エリアスは両手を広げた。
「私とマイスウィートエンジェル・フィアナさんの結婚式です!」
「せぇーのっ!」
明るい掛け声と共に、フィアナの手から花束が放たれる。青空に浮かんだブーケは綺麗に放物線を描き、歓声のなか待ち受ける参列者たちの元へと飛び込んでいった。
「フィアナ!」
「お父さん、お母さん……っ!」
ブーケトスが終わってすぐ、待ちかねたように両親が手を広げる。フィアナは純白のドレスを翻して一目散に駆け寄り、二人に飛びついた。
ぎゅうと強く抱きしめ、母はフィアナを撫でた。
「すっごくキレイよ。エリアスさんと二人、幸せになるのよ!」
「こらこら、泣くんじゃない。お前は私たちの娘だよ。これからも、ずっと」
「うん、うん……!」
眦の雫を指で拭って、フィアナは太陽のような笑顔を浮かべる。それは晴れ渡る澄んだ青空にも、二人を祝うたくさんの仲間たちにも、ぴったりの笑顔だ。
そのとき、背後でカツンと音が響いた。振り返れば、フィアナと同じ純白の衣装に身を包んだエリアスが微笑んでいる。銀の髪が映えて、とてもきれいだ。
エリアスを目にした両親は、優しくフィアナの背を押した。
「ほら。行っておいで、フィアナ」
「旦那さんと二人、堂々とね」
二人に送り出され、フィアナはエリアスの前に進み出る。
フィアナが纏うのは、キュリオ作の、白い小花の刺繍が散りばめられた愛らしいドレス。春の妖精のようなデザインのそれは、フィアナにとびきり似合う。大袈裟でもなんでもなく、それを纏ったフィアナを初めて見たとき、エリアスはその場に崩れ落ちた。
向かい合った二人は、どちらともなく手を合わせて指を絡める。こつりと額を合わせ、エリアスは幸せそうに目を瞑った。
「幸せにします、フィアナさん。全身全霊、私のすべてをかけて」
「幸せになるんですよ。ふたりで一緒に」
フィアナの答えを聞いたエリアスは、ふふっと小さく笑った。
「それはとても素敵な提案です!」
「きゃっ!?」
くいと手を引かれ、体がふわりと浮いた。気が付けば、フィアナはエリアスの両手で抱きかかえられていた。
突然のことに目を白黒させるフィアナに、くるりとターンを決めながらエリアスが晴れやかに笑った。
「ほぉら、フィアナさん!! 念願の、結婚式でのお姫様抱っこですよ!」
「そんな前触れなく!? そして、その記憶力が怖い!」
随分前にそんな話をした記憶があるが、覚えているあたりさすがである。
と一瞬感心しかけたフィアナであるが、はたと気づいた。
この状況、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「尊い! 今日も推しカプが尊いわ!」
生暖かい目で微笑むギルベール儀典長の隣で、サラが頬を押さえて悶えている。
「これこそトゥルーエンド! ……はっ。また萌えが空から降ってきましたわ!」
おもむろにメモを取り出したルーナが、何やら必死に書き留めている。
「ったく。幸せになれよな、二人とも」
お忍びで紛れ込んだシャルツが、物陰で苦笑する。
「よっ! お熱いぜ、おふたりさん!」
友の肩を抱いて、ニースがにまにまと掛け声をあげる。
「よかったわぁ。ふたりとも、よかったわぁ!」
今回もドレスをデザインしてくれたキュリオが、ハンカチを握りしめて泣く。
そして――。
「フィアナ! おっさん!」
明るい声音にそちらを向けば、マルスがいた。フィアナと目が合った途端、マルスは少年のようににやりと笑った。
「お前ら、お似合いだぜ? 阿呆みたいにバカップルで!」
ぽんっと頬を真っ赤にし、フィアナはエリアスの腕の中でジタバタと慌てた。
「え、えええエリアスさん!? これ、めちゃくちゃみんなに見られるんですが!?」
「ええ、そうでしょうとも。なにせ結婚式ですからっ」
「お、おお降ろしてください! 十分、夢叶いましたからっ!!」
「だーめ」
甘い声で答えるやいなや、エリアスがフィアナの唇を塞ぐ。ちゅっと音を立てて離れた彼は、硬直するフィアナに悪戯っぽく微笑んだ。
「もっともっと見せつけてやりましょう。天使で女神な、私のスウィートハニーさま?」
とびっきりの笑顔で、美しい男は腹黒く囁く。
フィアナはふるふると震えた。
すぅと息を吸い込み、キッとエリアスを睨む。
本当の、ほんとうに。まったくもって、この人は――!
「少しは羞恥心を持ってってば、この腹黒エリアスさん~~~っ!!!」
抜けるような青空の下、宰相閣下の花嫁は渾身の力で叫んだのだった。