拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~
月夜を背負い、美しい男は一層深く唇に弧を描いてこう言った。
「私、このまま『いいお客さん』で終わるつもり、ありませんから」
それではおやすみなさい、と。艶美な笑みをひとつ残し、エリアスが馬車に乗り込む。からからと車輪が回り始めて、初めてフィアナは我に返った。
(な、な、な、なに、今の!?!?!?)
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と痛いほど主張する胸を押さえ、フィアナはどうにかその場にへたりこんでしまいそうになるのを堪えた。
うっかりトキめいてしまった。あのエリアスに。変態的なほどに前向きな残念イケメンのエリアスに。アピールすればするほど好感度が下がっていくことに定評のあるエリアスに。
だ、だが、いまのは不可抗力だ。あれだ。目と鼻の先にクモが落ちてきたら、あるいは温いはずだと思って足先をつけた風呂が水風呂だったら、誰でもその場で飛び上がり、悲鳴をあげるだろう。それと同じ、同じでしかないのだ。
同じでしかないのに――!
なぜだが無性に悔しくて、声にならない悲鳴をあげながら、フィアナはお月様の下でひとり地団駄を踏む。一方のエリアスは、そんなフィアナの姿は夢にも思わず、ご機嫌に鼻歌を歌いながら馬車に揺られていたのだった