渚便り【完】
「じゃ、俺行くから」
「うん。元気でね」
「伊波も」
「うん」


ゆっくりと頷いた伊波はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
名残惜しさに見舞われつつも踵を返して歩き出す。
下り坂に差し掛かった途端、目頭が熱くなって視界が潤んできた。
磨りガラス越しのように目に映るものの輪郭がおぼろげになる。
泣くなよ俺。目を真っ赤にして戻ったら、みんなにからかわれるだろうが。

尻込みする俺を後押しするかのように背中を見守ってくれている夕陽のオレンジが、三年前の別れを彷彿させる。
それでもあの時と違うこともあった。
今度は俺がこの地を離れる側であること。
今は二人の想いが通じ合っていること。
そしてお互い、ケジメをつけるためにこれを最後にしようと心に誓っていること。

言葉にしなくてもわかる。どちらからも連絡先を交換する話を持ちかけなかったことが、その決意を遠回しに物語っていた。
それを認識した俺の胸中には桁外れの虚無感が押し寄せてきた。
一歩一歩、前に進むにつれ伊波との距離が離れていくのが辛くて、苦しくて、切なくて、つい後ろめたい気持ちのまま、涙を堪えて振り返ってしまう。
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