渚便り【完】
「その人ね、もう結婚しちゃってるの」


そう告げた時の伊波の笑顔は、苦しさや悲しさが入り混じった、いつもとは全く別のものだった。
伊波は尚も海を眺めたまま続ける。


「沖縄の家の近所に住んでる面倒見の良いお兄さんでね、私もよく遊んでもらってたんだー。初恋からずっとその人のこと思い続けてきたよ。だけどある日綺麗なお姉さんと結婚するって言われてね。ここに来る前に結婚式にも行ってきたんだ」


参ったように苦笑いする伊波。
昨日伊波の口から好きな人がいることを聞かされ、そしてそれが自分ではないと確証を得て言えた俺なら分かる。
それは決定的な失恋の仕方なのだと。


「結局私の想いは伝えられないままで現在に至るってわけ。ね、よくある話でしょ?」
「……けど、今でもその人のこと好きなんだろ?」
「あはは、困ったことにね。なんでまだ好きなんだろーって自分でも不思議に思っちゃうくらい。こっちにいる間に吹っ切れるかと思いきや、全然そんなことなくてさ」
「うん」
「だから、明日あの人がいる沖縄に帰るのが怖い。今でも想い続けてるこの恋心を胸に秘めてまた顔を合わすのが、すごく怖いの」


伊波は落ち着いた声のトーンで、ぽつりと弱音を吐いた。
こんなに落ち込んでいる伊波を見たのは初めてだったから、俺はどんな言葉をかければ良いのか戸惑った。
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