渚便り【完】
気の利いた言葉を探そうにも、俺の脳内辞書じゃ高が知れている。
国語は苦手教科だし、元々誰かを励ますことが得意ではなかった。
ここにきて初めてボキャブラリーの乏しさを痛感させられたことを悔みつつも、


「だったらちゃんと伝えようぜ!伝えれば吹っ切れられるだろ!」


咄嗟に発したセリフに自分自身が呆れた。
今まさにこの言葉を向けた相手に告白もできずにいる俺が言うセリフではないと自覚していたからだ。

本当に愚かなことだと思った。自分のことを棚に上げて、他人に告白を強要するだなんて馬鹿げている。

しかも俺はともかく伊波の相手は既婚者だ。
告白の返答なんて考えるまでもなく明白じゃないか。
それを分かっていてこんなこと言うなんて、とんだろくでなし野郎の自分に嫌気がさしてきた。


「……ッ」


前言撤回しようか否か、二の足を踏む俺を見ることなく急に立ちあがった伊波は、無言のまま走り去ってしまった。
抜群の運動神経を活かし、テトラポッドの上を跳ねていく。
俺は呆気にとられながらもその背中を見ていた。

建物の死角に伊波が消える。
再び視線を前に戻す途中、置きっぱなしの駄菓子に気付いて、不安に思いつつも俺は伊波の帰りを待つことにした。
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