渚便り【完】



「お、なぎさじゃねーか」
「こんにちはなぎさちゃん」


式を終えてからというもの、アニキは奥さんと実家のそばで同棲を始めたらしく、通学途中や休日部活に行く時に、仲睦まじく買い物をしている二人を見かけることはしょっちゅうだった。
顔を合わせる度、針を刺されているかのように胸がチクチクと痛み、今すぐ目の前から立ち去りたいとさえ思った。

アニキには悪いけど奥さんがとても歪んだ性格の人なら良かったのに。
だってそれなら心置きなく彼女のことを嫌うことができた。
恨んだり妬んだり、マイナスな気持ちを遠慮なくぶつけることができた。
なのに、私が好きになった人が選んだ女性は、まるで非の打ち所が無い温かな心の持ち主だったのだ。
才色兼備という言葉はきっと彼女のためにあるのだろう。そう確信染みたことを抱いてしまうほどに。

心の闇に付け入るようにやってきた自己嫌悪が、私の中で着実に根付き始めていた。
それが怖くて仕方なくて、けれど自分の気持ちに抑制が利かなくて、そんな時は一人部屋の隅で膝を抱えて泣きながら、このままじゃいけないと理性を働かせることに専念した。
周囲に勘付かれぬよう、日常ではなるだけ明るい自分を取り繕った。

だけど体はなかなか言うことを聞いてくれなくて部活では本調子が出ず、チームメイトから心配されては偽りの笑みを貼り付ける生活を始めて、半月程経過した時のことだった。
私はふと父の出張の話を思い出した。
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