渚便り【完】
もうこんな時間か。
横目を使って伊波を見てみる。穏やかな横顔は黙って海を見据えていた。俺も前に視線を戻す。
二人の沈黙に気を遣うかのように、空では鳥が鳴いている。
すると突然軽快なノリの音楽が俺達の沈黙に割りこんできた。


「もしもし、お母さん?」


伊波の携帯だった。
すぐさま通話に出て相槌を打ちながら会話を続けていた伊波は、「やばっ、忘れてたー!」と声を上げ慌てた様子で俺へと向き直るなり、パン、と両手を合わせる。


「ごめん間瀬!これから親戚とご飯食べに行く予定あるんだった!」
「え、大丈夫なのか?」
「なんくるないさー!もうすぐそこまで迎えに来てくれてるみたいだから私行くね!」
「あ、あぁ……」


急な流れに生返事することしかできなくて、そんな間抜けな俺をよそに伊波は駆け足で行ってしまう。
腰を上げた俺は、その背中を物憂げな気持ちで見送ろうとしていたのだけど、伊波が思い出したように足を止めて振り返ったものだから、これにはドキリとさせられた。

伊波は俺と合ったままの瞳を細めて、とびっきりの笑顔を作ると、


「……ありがとう。間瀬のこと忘れないよ」
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