【完】黒薔薇の渇愛
「なに、どうしたの。そんな急いで」
「あっ……あっ、」
口が上手く動かない。
声が出るのは、吐息を漏らすついででしかない。
明らかに焦り、何かに怯えている私を桜木は見下ろす。
すると、地面を蹴る音が近づいてくる。
その音に異常なほど反応して、体の震えが止まらないでいると。
桜木は鋭い目を、足音のする方へ向けた。
走ったせいか、それとも興奮しているのか
息を荒げてこっちに向かってくる男は見るからに不審者だ。
桜木は隠すように、私に背を向けると。
桜木の存在に気がつき、徐々に走るスピードを緩めていく男が彼の数歩前で立ち止まる。
「あの、君。その背中にいる子……」
男はどう切り出そうか迷っているうちに、言葉に詰まる。
見るからに不自然な男に、桜木の雰囲気はピりついた。
「お兄さん」
「ーーはい?」
男が間抜けな声で返事をした、次の瞬間。
ーーバキッと鈍い音が、空全体に広がった。