【完】黒薔薇の渇愛
口を開かずにいる彼は、拳を握って何かに耐えている。
いつ、人が通るかわからない廊下。
病院の独特な匂いだけが、私たちの世界に入り込むことができる。
目を離したら終わりだと思った。
目を離したら、桜木のいる世界には入り込めない。
ジッと合わせた彼の瞳に私がいれば、それだけで私があなたの心の中に入り込めている気がするから……。
「……」
「……」
「降参」
「……えっ?」
「らしくないけど、降参してあげるね。
天音ちゃん」
やっと口を開いた桜木が次の瞬間。
甘くほろ苦いその腕で、私を抱き締めた。
「さくらぎ、」
「少しだけ黙ってて……」
「……私、桜木に何かした?だから無視されたんだよね」
「だから黙れって。」
乱暴な言葉とは裏腹に、彼が注ぎ込んでくる体温は優しく。
桜木に触れることができるこの現実に、なんだか泣いてしまいそう。