【完】黒薔薇の渇愛
俺がいなくたって回る世界に俺はいた。
何のために生きてるかなんて、よく分かんないし、生まれたからには生きなきゃしょうがないものだと思ってる。
強いこだわりもさほどない。
梅雨の、ムシムシとしたこの時期。
ぬるま湯に使った様な微妙な感覚と、外はひどい土砂降り。
その時鳴った一本の電話は、俺の人生を狂わせる。
「はい……はい、……えっ!?
旦那がですか!?」
電話を取った母は、受話器越しに向かって大きな声をあげた。
グツグツと煮込まれている煮物の匂い。
あーあ、今日も根菜の煮物か。
お父さん好きだもんなー。
お腹を空かせて、父の帰りを待つのが楽しくてしょうがなかった。
なのに。
「お母さん、どこ行くの」
電話を切る母が、慌てて鞄を手に取り玄関へ向かう。
その後ろ姿についていくと。
「黙ってお留守番してて」
「なにかあったの?」
「うるさい」
「……」
「なにがあったかなんて、今から確かめに行くのよ……。
火、止めておいてね」