【完】黒薔薇の渇愛









母の話しは現実味に欠けていた。



いきなりお父さんがこの世からいなくなったと聞かされて
納得できるほど、俺の心は理解力があるわけでもない。


お母さんは取り乱していた。


ずっと泣いて、俺が呼んでも反応せず
ただひたすらお父さんの名を呼んでは、この人死んじゃうんじゃないかってくらい喚いていた。



お父さんが亡くなった理由はお葬式が始まる前に聞かされた。


お母さんの口からじゃなくて、親戚のコソコソ話で。


「なんでもあの土砂降りの日、川に落ちた子を助けて自分が流されたらしいわね」


「桜木さん、人一倍正義感強かったもの。しょうがないわ。溺れている子供見捨てられなかったんでしょうね」



なにがしょうがないのか、教えてほしい。


関わったことのない子供を助けてお父さんが死んで。


正義感が強かったからしょうがない?


それのなにが偉いんだ。


……それじゃあ残された俺らはどうなる。


お母さんだってあんなに泣いて、まるで脱け殻だ。




優しくなければ死ななかったなら

優しさは罪だと思う。


それじゃあ優しくない俺は、間違ってなんかいない。



全然泣けなかった。


苦しいはずなのに。



父が帰ってこないことが、俺にとっちゃあり得ないことだったから。
玄関のドアを開けて、今にも『ただいま桔梗』って言ってくれる。


お父さんは帰ってくる。


そう、信じて疑わなかった。


けど。



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